「え……さっきの、元彼だったの?」 デパートを後にしたギーと千夜は、駅に向かってゆっくりと歩いていた。 先程まで人でごった返す屋内にいたので、二月の冷たい空気が心地良かった。 すっきりした表情の千夜とは対照的に、ギーの方は難しそうな顔を浮かべている。眉間にくっきりと皺が寄っていた。 「二ヶ月しか続かなかったけどね」 「二ヶ月も付き合ってたんだ? いつの話?」 「半年前だよ」 「俺たちが会った頃だ」 そう、千夜がGIIを見つけたのは、彰午と別れた翌日のことだった。素晴らしい出会いを果たした喜びと衝撃の大きさのおかげで、失恋した悲しみなど、もうすっかり忘れていたのだ。 そんなふうに語る千夜の話に耳を傾けていたギーは、足を止めた。 「元彼に未練はない?」 千夜の話しぶりから察するに、この問いにさして大きな意味はないだろう。しかし、ギーははっきりと彼女の言葉で聞かないと不安だった。 「あるように見える?」 「……そうだよね」 肩を下げ、ほっと息を吐き出す。千夜に具体的な恋愛経験があった事実を知ってしまって、穏やかならぬ胸の内は治まらなかったが、眉間の皺が取れる程度には落ち着いてきた。 「さっきはありがとう、銀くん」 ギーと向き合う形になって、千夜は頭を下げた。 「見つけてくれた。助かったの」 「助かった? 何があったの?」 彰午に罵られていた場面を、ギーは見ていない。突然現れたギーが千夜の手を取ったことに仰天した様子で、彰午はそそくさとあの場から立ち去ったのだ。 千夜はギーが来るまでの間に起こったことを説明しようとして、結局やめた。 ――薄情だって言われたこと、知られたくない その代わりに、千夜はこう言ったのだった。 「見つけてくれて、ありがとう。銀くんと一緒にいられて、とても楽しかったよ」 心配そうなギーの問いに答えることにはならなかったが、この言葉も千夜の本心である。彰午との最悪な再会劇の後でも、千夜はその後の時間を楽しみ、会話を弾ませながらランチを食べたのだ。不快な気分を引きずらずに気持ちが前向きでいられたのは、彼が一緒だったからに他ならない。 「千夜ちゃん」 名前を呼んだその声は、深く、優しく、少しだけ不安げに揺れていた。 「話したいことがあるんだ」 真剣な眼差しが、真っ直ぐに千夜に注がれている。逸したらいけないと直感で分かった。千夜は無言でギーの視線を受け入れながら、彼の次の言葉を待っていた。
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