真夏のコスモス
一 真夏の中のコスモス(4)

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「何の用」  僕は天井を見ながら言った。 「別に」  奈央姉の嘘はすぐにわかる。単純な人間なのだ。 「何かあるならお姉ちゃんが聞いてやるよって」  夕食時の僕の様子を見れば知り合いなら誰でもわかっただろうと思うが、僕はおかしかった。  言いたいことがこんなにも言葉に変換されないのは初めてだった。結局、ずっと空回りして声にはならない。加えて、同じ呟きを何度も繰り返す。そりゃ心配にもなるか。 「キャプテンって言われても、明日からどうしようかなぁって思ってさ」  せめてもの感謝の意を伝えるべく、正直に思いのままを話す。 「円陣の中心に居て、ランニングの声を初めに出して、次の練習メニューを指示して、時には注意して……たったそれだけで、務まるとはどうにも思えなくて」 「それはキャプテンでも何でもないね」  奈央姉は興味なさそうなトーンで言葉を吐く。くだらない、と言外で激しく主張する声。 「周りに声をかけるとかチームを盛り上げるとか、一生懸命頑張るとかさ、キャプテンの仕事でも何でもないよ。そんなのは当たり前」  奈央姉は僕と違って、小中高と主将を経験してきている。センスあるソフトボール選手で、僕みたいに学生生活のほとんどを練習に費やしてきたような人間だった。その反動なのかわからないが、大学生活は自由を満喫する、と宣言して、早三年目を迎えている。  ソフト続ければ良かったのに、と時折思うが、一度も言ったことはなかった。辞めるのも勇気のいることだ、と僕自身中学卒業時に感じたからだった。 「奈央姉はキャプテンの時、何考えて頑張ってたの?」 「何って、うーん、そうだなぁ、うーん」 「何も考えてなかったとか?」  僕の冗談に、途端に思案の唸る声が止んだ。  ちらりと顔だけ勉強机の方へ向けると、奈央姉もこちらを見ていた。 「そうかもね」  そう言って曖昧に笑う。そんな回答はずるいよ、と僕は天井へと視線を戻す。 「多分キャプテンにならなくっても、私は私で変わらなかったと思う」  ついには小難しいことを言い出すものだから、僕は少しむっとして、問い詰めるように訊いてみた。 「変わらないって、それじゃあ、キャプテンって何なのさ」  なんと答えるだろう。僭越ながら試すような心意気もあった。  奈央姉は一瞬の沈黙の後、あっけらかんとした口調で言い切る。 「背の順で一番前に立っている、ぐらいの立場かな」  がばっ、と上半身を勢い良く起こして奈央姉を見やった。クーラーの音がやけに耳につく。  どうでもいい環境音が嫌味のように耳に入ってくる時は、現状から一歩引いて、今何が起きている? と状況を省みている時だ。しかしそういう場合はだいたい困惑している状態だから、結局うまく把握できないでいる。 「何? その顔」  その答えこそなんだ、と言い返したかった。何を言っているんだあんたは、と。 「まあ、あんたもそのうちわかるよ」  いかにもわかった風に軽い調子で言ってくる。まだ大学生のくせに、と高校生のくせに思った。

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