真夏のコスモス
三 一枚の葉で知る(17)

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 柄にもなく、こうしてたくさんの人と話をしているのも、他人を知るためだけではない。自分のためでもあった。  誰かの言葉で、僕も何か変わるんじゃないかという淡い期待を抱いていた。  変わりたかった。調子も取り戻したかったし、今までよりもさらに打てるようになりたかった。黙っていてもついてくるような、先頭に立つに相応しい人間になりたいと思っていた。  それこそ藁にもすがる思いで、誰かに何かのヒントを与えて欲しくて、僕は部員とも、マネージャーとも、奈央姉とも、そして桜乃にも、そんな話をしていた。 「結局はですね」  こほん、とわざとらしく咳払いをして、桜乃は真面目な顔を向ける。 「誰にも誰かを救うことなんてできないんですよ。自分で変わって、勝手に救われるしかない。私はどうせ、アキのために何もできない」  そんな寂しいこと言うなよ、と思ったが、それはまた一方で真理であるようにも思えた。この子は昔からそうだった。僕よりいつも少しだけ大人なことを考えて、僕には思い付かないような言葉を口にする。  女子は皆そうなのだろうか。いつも男子より少し早く、大人になるのだろうか。  桜乃の言葉は、例えそれがありきたりなセリフでも、どこか新鮮だった。ちゃんと伝わる言葉になっている、と思う。相手に伝わるように、というのは、主将になってからずっと気にかけていたことだった。伝えただけでは意味がない。伝わらなければ、僕は僕の責務を果たしたことにはならない。  だからちょっぴり、桜乃が羨ましかった。  さも当たり前のような顔で、相手に言葉や思いが伝わったらいいのに、と。 「まあ、今日はリフレッシュリフレッシュ。せっかく晴れて、わざわざ来たんだし、夏休みのコスモス園と同じ感じで行こうよ」  そうだな。僕は空を見上げて呟くように答えた。眩しいほど澄んだ秋空だった。  僕らは朝から待ち合わせをしていた。互いがオフの日である創立記念日。練習がないのに、今日は珍しく早起きだった。ただ目的地が違う。それだけで、まるで季節が変わったように吸い込む空気に違いを感じた。  晩秋、朝の空気は清廉で、どこかぴりっと張り詰めていて、気持ちが良い。酸素と二酸化炭素が入れ替わるように、ネガティヴな感情が一呼吸ごとに浄化されていくようだった。 「で、お前の方はどうなんだ?」  僕は前を向いたまま訊く。桜乃も、こちらを見ることなく答える。 「いい感じだよ」  何だそれは。もっと訊いてくれという意味だろうか。桜乃は、時折はっとするようなことも言うけれど、言葉が足りないことも多い。どうぞ勝手に受け取ってくださいな、みたいな投げかけ方だった。  別に取り立てて他に話すこともなかったので、僕は少し掘り下げてみる。 「試合に勝ってるってこと?」 「うん、まあそれもあるけど、最近ね、男子サッカー部の練習に混ぜてもらっているの」 「へえ、男子と? 危なくない?」 「一部のできる選手だけ、分かれてやってる。そっちの方が力付くって」 「桜乃は男子と練習できてる側?」 「もちろん。でもぶつかって怪我の心配もあるから、キャプテンや先生の交渉大変だったらしいけど、何とか勝ち取ったんだって」 「実際、大丈夫そうなのか」 「まあ、みんなそこそこサッカーできる人ばかりだから」  みんな、苦労してるんだな、と思った。男子の方もいくら上手い女子だからって配慮をしないわけにもいかないだろう。みんながみんな、高め合う方法の最適解を求めて、上手い具合に折衷して、時に衝突を繰り返しながら前進しているのだ。 「もう……すぐそうやって部活の話をするんだから」  桜乃は歩く速度を僅かに上げてぼやくように言った。  そんなこと言ったって、他に何の話をすりゃいいというのだろう。僕は桜乃の背中に思う。  しばらく無言で歩いた。僕がペースを早めたのか、桜乃が落としたのかわからないけれど、自然と再び並んで進む。  冬の気配すら感じられた朝は過ぎ、気温は少し上がって深まる秋を感じていた。  僕らは今日、紅葉狩りに出かけている。

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