真夏のコスモス
三 一枚の葉で知る(19)

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「河瀬さん……」 「あ、永原さん。こんにちは」  僕より先に、女の子達二人が挨拶を済ます。  写真、と自分で言った瞬間から、正直予想はしていた。練習は休み、授業もない。だからといって、ばったり会うかどうかは運の話だけれど。  どこかで、謎の確信はあったのだと、声を聞いて感じた。 「よお……河瀬」  当たり前だが、今日は夏の少女ではなかった。  上は白のニット、下はカーキ色のチュールスカートで小さめのリュックを背負っていた。手には何も持っていないから、カメラでも入っているのだろうかと推察する。やはり普段見慣れない服装なのでふと視線が止まる。  もしかしたら会うかもしれない、という予感は見事的中した。桜乃はこの偶然に驚いた顔をしていたけれど、僕と河瀬はそこまでではなかったように思う。目が合って、お互い似たようなことを考えているのかな、と思う。 「また、カメラ?」  僕の問いかけにこくりと頷く。 「今日は、お姉さんじゃないんだね」  ちらりと桜乃に目をやって、河瀬はほんの少しだけ口角を上げる。  僕はなんでここにいるのか説明しなくてはいけないような気がして、少しだけ早口で言った。 「桜乃とよく来るんだ。子どもの頃に叔母さんに連れてってもらったところ」 「あー、ここもあったっけ。小学生低学年ぐらいじゃない?」 「お前気付いてなかったのかよ……だからここ選んだんだよ」 「そんなに記憶力良かったっけ。勉強に使えばいいのに」 「余計なお世話だ」  そんな僕らの様子を見て、河瀬はいつもより目を大きく見開いていた。 「近江君、なんか話す雰囲気違う……」 「私にはいつもこんなんだよ。冷たいの、この人」 「唐崎君に本気で呆れてる時みたいな声」 「何それ、全然わからないけど面白い」  何が面白いんだと、当の本人を置いて会話に興じる二人から視線を外す。 「行こうぜ。せっかく来てんだから、いろいろ回ろう」 「そだね。河瀬さんも行こ?」 「え? いいの? お邪魔じゃないの?」 「邪魔なもんか。むしろ桜乃の話し相手になってやってほしい」 「なーに、私の相手するのそんな面倒なの?」  あはは、と小さな笑い声。河瀬のそんな笑い方、初めて見たかも、と思った。どこか照れくさそうにはにかみながら、グラウンドでは想像つかないような顔と声で、呟くように言った。 「幼馴染みたいで面白いね」  僕と桜乃は同時に顔を見合わせる。河瀬らしくない精彩を欠いたコメントだった。河瀬らしくない、というのも僕の勝手な思い込みかもしれないし、もしかしたらそういう高度なジョークなのかもしれない。そうやってどちらか迷う僕の心も察しているのかもしれない。  河瀬の表情からは何を考えているか読み取れなかった。  桜乃は僕を見て不思議そうな顔をしている。行こうぜ、と僕は先に歩き出す。遅れて、後ろから二人の足音が聞こえてきた。  しばらく三人で無言で歩いた。たまに色付いた木々がざわめくぐらいで、静かな、穏やかな空間を、僕達はそっと歩く。空気の何かを壊さないような感覚で、ゆっくりと歩く。たまに、落葉を踏む乾いた音が響く。  そうして紅葉狩りに興じていると、背後から会話が耳に入ってきた。 「私達今まであんま喋ったことないよね」 「うん、お互い知ってるだけだったよね」 「河瀬さん、正直なんか思っていたより全然話しやすかった」 「そういうこと躊躇なくずばりと言える永原さんは、だいたい私の思っていた通りの人」  ウマが合いそうだ、とたったそれだけの会話で思った。見た感じやイメージが似ているわけではないが、その後も続く会話を聞いていると、なんとなく似ているなと感じた。  僕は自分でも驚くほどゆっくりとしたペースで歩いていた。それは紅葉をじっくり見たいだけなのかもしれないし、後ろの会話をもう少し長く聞きたいだけなのかもしれなかった。  葉が風に揺れて音が鳴るように、不規則に聞こえる小さな笑い声。  僕の歩く速度はやたらと遅かったけれど、止まることはなかった。  ふと、目の前で真っ赤に染まったもみじの葉が舞い落ちる。風に吹かれて気ままに漂い、やがて色付く地面の一部となる。  赤。僕は足を止めることはない。ゆっくりでも、前に進んでいる。この赤は、僕を止めたりはしない。 「アキ」  秋だ、と思った。これが秋か、と思った。  身の引き締まるようなキンとした空気の冷たさと、心地良い穏やかな陽気。相反する空気が同時にあって、僕はそれを肌で感じる。吐く息はもうすぐ白くなるだろう。紅葉に囲まれた道を、静かに進み続ける。 「アキ」  そこでようやく、僕は足を止めた。何らかの、違和感。  立ち止まって振り向いて、桜乃の顔を見る。桜乃はどこか嬉しそうに、隣の河瀬を向いていた。違和感の正体が、そこでわかる。  この声は――。 「って、私も呼んでいい?」  一枚の葉で、秋を知る。  その言葉の意味を、ほんの少し、実感できたかもしれない。  ざざあ、と冷たい風が吹き、木々を揺らす。木枯らしだろうか、と思う。もう、冬なのか。もう、秋は終わるのか。  僕は知る。季節の変わり目を感じる。  世界を彩る秋の葉に、僕はそんなことを思う。

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