真夏のコスモス
二 夢に落ちるその刹那まで(9)

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「珍しいね、こういうところ、来るんだ」 「小さい頃、よく連れて来てもらってたんだ。意外だろ?」 「今日はお姉さんと二人で?」 「いや、三人。あとどうしようもない叔母がその辺にいて、僕はその召使い」  河瀬はほんの少しだけ口角を上げた。今の言い回しが何か面白かっただろうか。 「河瀬こそ、誰と来てるの?」  訊いてから、訊いて良かっただろうか、と思った。彼氏とかいたっけ、隠してたりしてないかな、など余計なことに考えを巡らせる。 「一人」  その回答にほっとして、すぐに次の疑問が生まれた。一人で、ここへ? 「召使いなら叔母さんの近くにいなくていいの?」 「逃げ出してるんだよ。だから大丈夫」 「理由になってないね」  少しだけ、笑ったような気がした。しかし河瀬はくるりと振り返って、その顔ははっきりと見て取れなかった。  そのまま歩き出して、僕はなんとなくついていく。何でついて来るの? と唐崎の大好きな冷たい顔で言われるかと思ったが、特に何も言ってこなかった。 「こういうところ、よく来るのか?」 「うん。 カメラ好きで、お小遣いの範囲でいろんなところ来てる」  大きめのポーチみたいな鞄に入っているのだろうか、河瀬はそう言いながら撫でるようにポーチを触る。  そうか、だから一人で。と僕は勝手な疑問に勝手に納得していた。 「負けちゃったね」  脈絡もなく話を変えるものだから、一瞬、答えを考える間が空いた。熱い風が河瀬の髪をはためかせて、僕はそれが何かの合図であったかのように、歩調を早めて彼女の隣に並んだ。 「力不足だった。悪い」 「悪くなんかないよ」  河瀬は僕と反対側に広がるコスモス達を見つめながら言った。その表情は、また見えない。どんな顔をして言っているのか、言葉からはわかりづらいな、と思っていると、突然こちらを向いてきた。  僕は驚いて、目が離せなくなる。この子は何かと人を驚かせようとしているのだろうか。 「キャプテンって、負けたら悔しい?」  不思議なことを言うものだ。当たり前だった。僕は迷いなく頷く。 「どれぐらい悔しい?」 「どれぐらい、って……」  量で表せるものではない。そんなこと、河瀬だってわかっているはずだ。  何が聞きたいのだろう。考えて、思う。少しだけ不安そうな顔。その表情は、いつも毅然とした彼女には似合わない。その服装にも、麦わら帽子にも、風に揺れる可憐なコスモスたちにも、夏休みの終わりにも、そんな顔は似合わない。相応しくない。  なぜか、そんな風に思って。 「多分、河瀬の悔しさと、同じぐらい」  そんな言葉が口からするりと出ていた。  河瀬はほんの少しだけ目を大きくすると、また見慣れた無表情に戻った。  そして前に向き直ったと思ったら、急に立ち止まる。何だよ、と言う前に、河瀬はいつもより少し低い声で言う。 「塁間ぐらい後ろ、お姉さん戻って来てるよ。隣の綺麗な人が、近江君の叔母さん?」  顔面付近の投球を避けるような速度で振り返った。  京子さんと奈央姉が、ソフトクリームを食べながら僕を見ている。京子さんはソフトクリームを両手に持っていて、溶けているのだろう、どちらにも交互に口をつけていた。 「じゃあね。また明日、グラウンドで」  背後で河瀬が呟いた。頭だけ振り返ると、もう彼女は先に進んでいた。じゃあな、と一応言ったけれど、届いたかどうかはわからない。

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