真夏のコスモス
四 桜はじっと春を待つ(1)

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 それは金属音ではあったけれど、爽快でもなかったし、澄んでもいなかった。こんなに濁った音はいつぶりだろう、という思いと共に、打球は素手で捕れるほど弱々しく地面を這う。  僕は金属バットを手離し、一塁ベースへと全力疾走する。 「アウト!」  カウントボードに赤い光が灯った。僕は悔しさを全身に滲ませないように抑え込んで、ベンチへと駆け足で戻る。どん詰まりの当たりで、左手が少し痺れていた。  今年最後の練習試合は、毎年よく試合をしている近所の高校が相手だった。今年もお世話になりました、と監督同士が試合前に挨拶をしていた。 「アキ、試合終わったら俺またピッチングやるから」  唐崎が声をかけてくる。バッターボックスに立っていいよ、ということだ。投球に少しでも目を慣らせばいいんじゃないかという、彼の気遣いだった。  僕はありがとうと答えて、グラウンドへ飛び出す。後続が打ち取られ、攻守交代だ。  守備には自信があった。フライを捕ることや、落下点まで走ることにスランプはない。滅多にしないが、ミスをする時はだいたい集中力の問題だった。  しかし、守れるセンターは必要かもしれないが、打てない一番打者は要らない。  打つ時に、当てにいっているのだろうか。打てないことを勝手に恐れて、勝手に打てなくなってるだけだろうか。思考はぐるぐると同じところを巡り回る。  練習試合とはいえ使い続けてくれる監督にも、勝とう勝とうと言い続けているチームメイトにも、なんだか申し訳なかった。 「いいんじゃないの、そんな時があっても」  家に帰ると、奈央姉は他人事のようにさらりと言ってのける。僕より長いことスポーツに携わっていた先輩として、その言葉は素直に受け取るべきなのだろうが、どうしても何を無責任なことを、と思ってしまう。  苛つくことがないといえば嘘になるが、だいたい姉は同じぐらい飄々とした調子で、こうも付け加えた。 「大事なのは楽しみ続けること。ヘコんだって上手くならないし、八つ当たりしても打てるようにならない。あがいて、考えて、苦しくなって、それでも精一杯頑張るんだよ。そうするとスランプの人の気持ちもわかるから、あんたのためにもなるし」  これも僕をより強くしてくれるステップの一つだと言うのだ。そんな言葉をかけられては、僕はもう大人しく素振りに出るしかない。  奈央姉がずっと主将を務めてきた理由も、そういうところにあるのかもしれない、と思った。言葉に力を込められる人間は、それ相応の経験を積んできているのだ。 「そんなことより」  僕の素振りとケータイを交互にをぼーっと眺めている奈央姉は、玄関先でしゃがみ込みながらぽつりと言う。 「試合は勝ってんの?」 「うん、最近負けない。負けても接戦だし、理由もはっきりわかってる場合が多い」 「じゃあいいじゃん。あんた十分報われてるよ。その調子で頑張んな」  ここまで絶賛スランプ真っ只中の人間に向かって、この調子で頑張れと告げる彼女の感覚はやはりよくわからず、僕にはまだ辿り着けない境地にいるかのようだった。  四つしか離れていないのに。ソフトボールだって大学入学と共に辞めたのに。  僕の前にはいつも姉がいる。

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