真夏のコスモス
一 真夏の中のコスモス(2)

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「就任おめでとう!」  部室に戻ると、三年生のチームの頃からエースピッチャーとして活躍していた唐崎が調子良く出迎えてくれた。  え、と僕が困惑しているうちに、わらわらと部室から部員が出てくる。 「な、何が?」 「キャプテン就任の他なんだっていうんだよ!」 「なんで知ってるのさ?」 「新チーム初日の練習が終わって一人呼び出されていたら、誰だって予想つくだろうが!」 見渡す限り皆頷いていた。では僕のあの驚きは何だったというのだ。荷物運びの手伝いか何かで呼び出されたものだと思っていた。僕も気付けよ、と今更自分に思う。 「俺じゃなかったかー」 「お前には向いてねぇよ」  大仰な動きで言う唐崎に、捕手の守山がぶっきらぼうに言い放つ。  僕はてっきり、主将は捕手の守山かと思っていた。  思ってはいたが、今は思うだけにしておいた。もしかしたら、彼は彼なりに覚悟していたかもしれないし、僕みたいに予想だにしていなかったかもしれない。ともあれ、実際に任された僕が、守山だと思っていたなどと口にするべきではないように感じて、何も言わないことにした。  唐崎みたいに自分かと思ったと言ってふざけられるのは、主将の可能性が低いと周りから思われていたやつだけだ。もっとも、僕もどちらかというと唐崎の方の部類かと思っていたが、果たして皆はどう思っているのだろう。  監督はああ言ってくれたけれど、十四名いる同学年のチームメイトは何を感じているだろう。 がやがやと騒ぎ立てる皆から一人取り残されたように考える。考えてもわからないことぐらいわかっているけれど、考えずにはいられなかった。  やります。  迷いの消えた声で言い切った自分の言葉を思い返す。  期待に応えたいとか、先輩よりも勝ち進みたいとか、甲子園に出たいとか、みんなを引っ張る存在になりたいとか、漠然としたなりたい姿と、具体的な目標が脳内で交差する。  一年後、僕はどんな姿で引退を迎えているのだろう。  この決断が良かったかどうかは、きっとその時にわかる。正解などない、なんてよく聞く言葉があるけれど、正解はなくとも、せめて良かったなと思って終わりたい。自分の決断が間違っていなかったことを証明してやりたい。  ぼんやりと、しかし確かな熱が身体の奥底に眠っているのを感じた。  そうしてぐるぐるといろんなことを考えていると、いつの間にか自宅の前まで来ていた。毎日毎日通っている道は、たまにいつ通り過ぎたのかわからない道や、改札を抜けた記憶がない時がある。  副主将論争をしながらみんなで帰路についたことを、家の呼び鈴を押す直前に思い出す。守山が有力だったが、奇をてらって唐崎という説も浮上していた。僕は上の空だったので基本的には聞き流していたが、副主将に奇をてらう必要性はどうしても考えつかなかった。  もちろん誰でもいいわけではないけれど、まあ多分守山だろう、と思っている。自信がある。彼をチームの中心に置かない理由の方が、奇をてらう意味よりもよっぽど見つからない。  玄関扉の鍵が開く音がする。なんだか他人の家に入るような気分になっていた。緊張しているみたいにそわそわする。言うか言わないか、どのタイミングで言うか、やっぱり言わないか。意味のない葛藤が頭の中で渦巻く。考えても無駄なのは百も承知だ。言いたい、言いたくないは別にして。  そもそも、家族に言わないわけがない。 「は? あんたが?」  僕と同じぐらい驚いた様子で、四歳年上の姉が言った。  血は争えないなと思った。僕も初めは、は? 僕が? と思ったものだった。

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