真夏のコスモス
二 夢に落ちるその刹那まで(2)

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「すまん唐崎」 「大丈夫、点には繋がってないし」  篠原はそこまで大柄ではないがパンチ力があり、四番打者を務めている。センスもあるし野球もよく知っているが、たまにこうして雑な部分が出る。まあそのリスクを鑑みても余りある好プレーを見せてくれる時があるから、やはり不動のレギュラー選手なのだ。  打順は一番に戻り、僕は再び打席に向かう。  相手は大した投手ではない。だからといって、必ず打てるわけでもない。蕎麦じゃないんだから、十割バッターなんていない。どこまで確実に近付けるか、どこまで確実を目指すか。決して辿り着かない場所に向けて、僕らはひたすらに走る、というより、振る。  弱々しい打球音が響いた。しくじった、と吐き捨てて一塁へ駆け出す。あくまで全力で。それが例え内野フライだとしても。  そしてベンチに戻ると、すぐさま気持ちを切り替えて応援に徹する。声を張り上げる。僕の結果は二の次だ。打つに越したことはないけれど、打てなかったからといって気分を左右させてはいけない。  大事なのは勝つことなのだから。  ――勝てば、消えるのだろうか?  初回にツーベースヒットを打った直後に生まれた思いが再び蘇る。僕の重圧。主将としての責務。全うしなければならない使命感的な思い。勝てば、少しは気が楽になってくれるだろうか。 ホームベースを踏んで得点が入った時、ほっとした。良かった、と心の底から思った。この積み重ねでやがて勝ちに繋がれば、きっと僕は報われる。  そう信じて、勝ちだけにこだわりたい。 「篠原ー! 強く打とうとしなくていい! 右中間に叩くんだ!」  北小松は凡退、唐崎はフォアボールで出塁となり、打順は四番の篠原に回っていた。ボール球の見逃し方で、打ち気にはやっているように見受けられたから、大声で叫ぶ。篠原は一瞬こちらを見てわずかに頷いたような気がした。  直後、篠原のバットが白球を捉える。高く上がった打球は、先ほど打ち損じた僕の凡フライとは勢いが違った。雲一つない青空に向かって、高く高く、レフト方向へ向かって白球はぐんぐん上昇する。  真っ青の空の方が、案外遠近感がわかりにくくて落球の原因にもなる。外野手のフライで捕球の難しいシチュエーションは、雲一つない青空の時と、打球が太陽に重なった時だ。  「唐崎、走れ!」  ツーアウトでも落球した場合を想定して、一塁ランナーの唐崎に全力疾走を伝える。そんなこと言わなくても全力で走っているだろうが、ベンチは総じて声をあげる。  レフトが後ろに下がり、下がって、まだ下がっているぐらいで、あれ、と思った。当たり前だが、そんなことを思っているうちに白球は落ちてくる。  三塁審判が打球を中途半端に追いかけて、やがて右腕を上げてくるくると空に円を描くように拳を回す。 「ホ、ホームラン!」  わっとベンチが揺れるほどの歓声が巻き起こった。ミスの取り返し方が極端だなあ、とつい頰が緩む。  また、ほっと安心するような気持ちが僕の心に降りてくる。ホームランがすごいとか、追加点が嬉しいとかよりも、良かったという思いの方が強く感じられた。確かにすごいし、嬉しいけど、それ以上に安堵している自分に気づく。  これも、主将を務めているからこそ感じられる思いなのかもしれない。こうして一歩一歩結果として報われていくのは、まるで僕の存在意義を証明してくれているようだった。  その後、試合は圧倒的優勢で進んだ。唐崎は多分毎回奪三振を取っていたし、内野ゴロも外野フライも誰もエラーすることなく、最終回まで順調なゲーム展開だった。

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