真夏のコスモス
三 一枚の葉で知る(8)

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「これも、単純な疑問。一年の時から聞いたことあって、ちょっと気になってた」  河瀬も何だか変わったよな、と思ったが、元々僕が知らなかっただけかもしれない。  河瀬もグラウンドの外ではこんな風に話し、どうでもいいことが気になり、たまに笑ったりするのだ。それは守山が寡黙キャラと認知されていることと似ている。単に、僕が知らないだけだ。 「桜乃は僕を名前で呼ぶから、それをあいつらがからかって真似し始めたのがきっかけ。桜乃とはお互いずっと前から知ってるから」 「そうなんだ」  河瀬にとっても本当にたいしたことではなかったようで、それ以上質問も深堀りも何もなかった。僕が何気なく電話しようと言ったぐらい同じ感じで、何となく訊いただけなのかもしれない。 「じゃあ、明日の試合よろしくな」 「うん。朝遅れないようにね」  僕が唐崎に言った言葉と同じことを河瀬から言われる。朝は強いから、と言って、ふと唐崎の顔が思い浮かび、僕はにやりと口角を上げた。 「ごめん最後に。河瀬を敏腕マネージャーと見込んで、ひとつ、お願いしたいことがある……」 「何その意味わかんない前置き。何?」  僕は一言で用件を告げ、何それもっと意味わかんない、と返答が返ってくる。  明日の完封コールド勝ちを約束するから、と付け加えると、しばらくの沈黙のあと、別にいいけど、と了承を得られた。 「その代わり、完封コールド勝ちできなかったら、練習後にアイスおごってね」 「いいよ」 「三回ね」 「……いいよ」  抜かりのない女子だった。さすが敏腕マネージャー。  その後、僕らの言葉は互いにおやすみだけだった。  いろんなことを話したようで、何だかんだミーティングのことはあまり話せていないようで、それでも僕は満足だった。  いちいち知らない一面を見られるのは、何だか楽しかった。  僕は河瀬に送ってもらった数枚のメモの写真を見て、練習内容の案をいくつかの項目に絞った。簡単にまとめて守山に送ると、すぐに了解と返事が来た。明日試合後に話そうと決め、僕はベッドに横たわる。  電気を消して、真っ暗な天井を眺める。  奈央姉も京子さんも乱入して来ない夜は静かだった。カーテンの隙間から外の街灯の光が僅かに漏れて、扇風機の回る音だけが耳に入る。僕は意識的に全身の力を抜く。  明日が楽しみだった。いろいろ試したり挑んだりできる明日が待ち遠しかった。この想いは、大切にしようと思った。明日が楽しみだと、毎日思えるように頑張ろうと祈るように思った。  微かな光を閉じ込めるように、そっと目を閉じる。  明日は勝とう。コールド勝ちしよう。誓うように思う。それは願いではなく、宣言だった。  アイスなんて、おごってやるものか――。

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