十五分前だ。僕は急いでもう大丈夫と返信する。 五分待った。ケータイは微動だにしない。僕と同じように、風呂でも入っているのだろうか。いや、今から大丈夫かと訊いてきてから風呂に入ることはないか……などと無意味な詮索を頭の中で繰り広げる。 十分経って、十五分経った。扇風機の風に当たりながら、暇潰しに腹筋を何回か行う。 二十分経つ直前に、ケータイが震えた。僕は画面に映る河瀬冬加の名前を確認し、なぜか一瞬逡巡して、そして通話ボタンを押す。 「もしもし」 その声はやけに部屋に響いたように感じた。聞き慣れたその挨拶は、こんなにも言い慣れないものだっただろうか。 「もしもし、近江君? ごめん、遅くなった」 「いや、僕こそ返信遅れて……」 「素振りしてたの?」 「うん、まあ、そんな感じ……」 「そっか」 なんだ、この奇妙な間は。何の件かわからない僕は何か話題を切り出そうにも、どうしようもない状態でいた。 「あの、ごめん」 ぼそりと小さな声。歯切れの悪い話し方は、河瀬らしくなかった。 「ああ、別に、姉さんとか叔母さんいたけど、話しかけてくれたのは全然気にしてないよ。むしろ無視されなくて良かったぐらい」 半分ぐらい笑いながら陽気に言ったが、ううん、そうじゃなくて、と冷たい青を連想させるような河瀬の声が遮る。 「悔しかったとか、訊いちゃったこと。変なこと言って、キャプテンが一番悔しいはずなのにとか後で思って、それで、ごめんって」 「ああ……そっちか。それも全く気にしてねーよ」 「私、悔しいのかどうかわからなくて」 どこか、いつもと違うなと思った。何に追われてるのか知らないけれど、ほんの僅かに焦ったように言葉を発して。何もおかしなことは言ってないのに、言い訳をするみたいに早口で。 もしかして、と僕は黙ったまま気が付く。 「みんなのこと手伝ってるだけだから、みんな悔しがってるのに、私だけ、その悔しさの中に入れないみたいな、浮いているみたいな、当事者じゃないみたいな感じになって」 聞いてほしいだけかもしれないな、と珍しい声色で一生懸命言葉を紡ぐ河瀬に対して、そう思う。 この夏の間、マネージャーのリーダーとしてずっと一人で裏方を引っ張って、自分も頑張って僕達選手を支えてくれて。 いざ負けた時に、彼女はそう感じた。それが少し想定外の感情で、不安になったのだろう。僕達のように、負けて悔しいよりかはずっと複雑で、僕ですらおそらく、その想いを全て汲み取ることはできない。 「悔しいって思ったけれど、何だか私、客観的に見てないかなって思って、それで近江君にあんな訊き方を……」 「だから、気にしてないって」 努めて柔らかく聞こえるように、どうか寄り添った言葉に聞こえますようにと祈りながら、僕は単純に思ったことをそのまま伝える。 「そもそも、一緒に悔しがってる時点で僕らと同じところに立っている。客観的とか浮いているとか正直よくわからないけど、だからこそ河瀬だけの想いなんだから。それは僕達選手には感じられない。だから、大切にしたら良いと思うよ」 そこで少し言葉を切ったけれど、何も声は返ってこない。
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