真夏のコスモス
三 一枚の葉で知る(1)

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 学校でたまたますれ違った河瀬は、いつもの通り涼しい顔をして、何事もなかったかのような様子で僕と挨拶を交わした。まあ、別に何事というほどのことはなかったけれど。  彼女の笑った顔や不安げに話す様子は、制服を着ている姿からは想像がつかない。昨日僕が見た真夏の女の子は、静かな暑い夜の電話は、夢か幻だったのだろうか、とさえ思えてくる。  でも、もう一度見たいな、と思って、思った自分に驚いた。僕は、一体何を……。 「アキ」  僕をアキと呼ぶのは、河瀬を除く野球部の連中か、桜乃しかいない。思考を遮るように名前を呼ばれ、振り向くと守山だった。  隣には唐崎もいた。他の生徒が行き交う廊下では、より運動部の肌の黒さが目立つ。二人ともガタイが良いから、まるで廊下に君臨するかのような威圧感で立っていた。別にど真ん中にいるわけではないのに、立ち話をすると通行の邪魔になりそうだった。 「どうした? まあ暑いし教室入ろうぜ」  何気ない感じですぐそこの守山のクラスに入ろうという僕の提案に、彼は黙って頷いた。同じクラスになったことはないけれど、野球部以外の友達の中では結構寡黙キャラらしい。あんなにいつも練習で大声張り上げてるのに。  僕のクラスはもう三つ隣の教室だった。休み時間がまだあと五分あることを確認し、守山も唐崎の後に続く。彼らバッテリーは同じクラスだ。僕のクラスは野球部一人だから、少し羨ましい。 「で、何?」 「今日の練習メニュー知ってるか?」 「ああ、朝聞いてるけど……何、また唐崎? お前練習メニュー事前に知らないと死ぬの?」 「ちげーよ! ……死なねーよ!」  わかってるよ。 「心の準備ってもんがあるだろうが。ただ今はそうじゃなくて、一年が練習の準備を訊いてきたんだとよ」 「守山に?」 「お前の教室行ったら、女の子と話していたから邪魔しちゃいけないと思ったんだってよ」  守山が目を細めて言う。 「はぁ? 桜乃のことか? んなこと気にするなよな……」 「よっぽど仲良さそうに話してたんだろー」  唐崎も目を細めて言った。なんだお前ら。その行為から僕に何を感じて欲しいんだ。 「いつから知ってんだっけ? 小学校?」 「保育園の頃からだよ。もういいだろ。練習メニューはな……」  僕は唐崎の追撃を強引に断ち切って、本題を端的に述べた。次の休み時間でまた一年が来たらこう答えておいてくれ、とだけ最後に告げて、僕は教室を出ようとする。もうすぐ休み時間が終わるのだ。 「あ、アキ!」  唐崎が思い出したように呼び止め、僕は扉を一歩出たところで振り返る。 「そんで、お前ら付き合ってねーんだよな?」 「声がでかいんだよ! 付き合ってねーよ!」  わざわざこの距離で離すものだから、他クラスの人達、中には去年同クラスだった友達に、誤解されて受け取られた可能性が非常に高い。  ただ修正するのも言い訳がましくて余計に怪しいし、そもそも授業開始に間に合わなくなる。チャイムが鳴り終わるまでに、誤解を全て解くことなどできない。  本当にこういうところは厄介だ。憎めないやつではあるけれど、いつも嫌いになりそうな崖っぷちでふらついているみたいなイメージ。野球してなかったら絶対友達にならなかったタイプ。しかし守山もどちらかというと僕に似ていると思うのだが……まあ、友達ななれるかどうかなんて、そんな些細なことなのかもしれない。  僕は些か重い足取りで自分の教室に戻る。ちょうどチャイムが鳴って、僕は頭を振ってどうにもならないことを思考から振り払った。  考えるべきことは、今、別にあるのだ。

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