真夏のコスモス
一 真夏の中のコスモス(11)

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「暑すぎてアップでバテちゃうよな」  お馴染み唐崎のぼやきを無視して、僕たちは足並みを揃えグラウンドを二周ランニングする。その後ストレッチ、フットワーク動作、キャッチボールとここまでは毎日同じ流れのメニューを行う。  キャッチボールは守備練習、とずっと教わってきた。相手を思いやり、取りやすい位置に投げる。少々ずれても、取る方はしっかりカバーして責任を持って受け取る。  僕らはいつも、思いやりの塊を投げているようなものだ。 「集合!」  キャッチボールの後は、今日は昼までバッティング練習だ。再び円陣に集まり、四つの班に分かれる。 「一はバッティング、二はティー、三は守備で四は筋トレ。移動は基本駆け足。元気出していこう!」  僕の掛け声で暑苦しい部員達が散り散りに駆け出す。 「マシンよろしく」  この茹だるような暑さの中でも涼しげな顔をしているマネージャーの河瀬に声をかけると、無表情のままこくりと頷いた。ピッチングマシンは二台あり、マネージャーに交代でボールを入れてもらっている。  マネージャーは僕達二年生の学年に河瀬一人、一年生に二人いる。暑い日も寒い日も連日練習の手伝いをするなんて、相当野球が好きでないとできないことだろうなと事あるごとに思っている。河瀬はあまり自分からあれこれ発言しないタイプだが、きっと内に秘める思いは僕達選手に負けないぐらい強いだろう。 「全部で何班?」  マシンをセットし終えると、河瀬が長めの黒髪を後ろで束ねながら訊いてきた。 「四班」  ぼん、と鈍い音を立てて、マシンから発射された硬球はストライクゾーンへと吸い込まれていく。 「おっけ、じゃあよろしくな。合間に水飲んで」 「うん」  僕はバッティングからだから、そのままベンチへ駆け出しヘルメットを被る。 「何分?」 「二十五分」  同じ班の唐崎の問いかけに答え、僕は左打席に入る。ピッチングマシンは片方はストレート、もう片方はカーブにセッティングしていて、僕はストレートマシンの方、唐崎はカーブマシンの方に立つ。 「元気出していけよー!」  バッティングを待つ残りの部員と、守備の班から大声の反応が返ってくる。それを合図に、河瀬がボールを持った片手を上げた。 「一球目、いきまーす」  ぼん、と放たれる白球に向かって僕は強く振り抜く。きん、と広がる夏空に相応しい澄んだ金属音が鳴り、ボールは右中間へと飛んでいく。 「ナイスバッティン!」  守備の班から声が上がり、続いて唐崎が打つ。二球目、と河瀬が言って、僕はスイングする。次の打者に交代の七球まで、それを繰り返す。いくらマシンといっても、微妙にコントロールにばらつきがあって、しっかり見て打たないとバットの芯で捉えきれない。  空は雲一つない快晴だった。こういう天気は、高く打ち上げると、遠近感がわかりにくく捕りづらい。金属バットが硬球を弾き返す音は爽快でまさに夏にぴったりではあるが、いかんせん暑すぎる。  マネージャーらの掛け声がせめてもの清涼剤のように聞こえる。特に河瀬。あいつは汗かかないんじゃないかと思うほど、いつも凛とした佇まいと声色で練習の補佐をしてくれる。  暑くて死にそうな時は河瀬にちょっかい出せば、殺されそうなほど冷めた目で見られて背筋が冷えるぜ、と意味のわからないことを唐崎は去年から言っているが、実践しているところは未だ見たことがない。多分、そんな度胸を身に付けるぐらいなら暑さを我慢する方が簡単なのだろうと僕は推測している。

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