真夏のコスモス
三 一枚の葉で知る(6)

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「内容まとめたら俺にも送っといて」  守山はしんとした空気を割るように一言告げた。ミーティングのことだ。僕がこの後何をやるのか、把握しているようだった。 「遅くなるかもしれないけど?」 「いい。多分起きてる。日曜の朝にはみんなに言うんだから、明日中に考えて決めないと」 「あんな感じで、良かったかな」 「ミーティングか? まあ、練習と同じだろ。何度かやって、修正の繰り返しだ」  守山はいつもぶれない。大人だな、と思うこともある。でも、大人って何だろう、とも思う。  試合中雰囲気の悪い時に、目が覚めるようなヒットを放つこともあるし、押せ押せの状況の時にあっさり凡退することもある。  守山はぶれない。  監督も、いくら守山の調子が良いからって打順を上げることは滅多にしない。下げることもない。ただ、唐崎の時は必ず守山。その方針は守山自身の人柄のように、一貫している。 「じゃあ、また」 「ん、連絡入れとくから、朝来る時でも見といて」  守山は唐崎と同じように片手を挙げて去っていった。  ケータイを見ると、何時に帰ってくるの? と奈央姉から連絡が入っていた。もうすぐ、と返して、僕は電車を降りる。街灯の疎らな道を、一人で歩き出す。  月が明るかった。最近の夜は、少し涼しくなってきている。秋か、と自然と口から漏れる声。  昼間はまだあんなに暑いのに、夏は終わったのだろうか。夏の大会も、夏休みも終わったけれど、果たして夏は終わったのだろうか。  今みたいな季節の変わり目は好きだった。曖昧な感じが好きだった。まだあまりに暑すぎるから、夏は終わったかわからないけれど、秋は近付いてきていて、いずれ冬が到来する。それを予感させるような季節の感覚が好きだった。  似ているな、と思った。主将になった夏から少しずつ変わろうとしている自分と、どこか似ているな、と何気なく思った。  今日までが夏で明日から秋、なんて日はない。せいぜい八月から九月に変わるだけで、急に涼しくなったりはしないし、蝉は一斉に鳴くのをやめたりしない。ミーティングは始めたけれど、それで勝てるわけではないし、それだけで僕が主将としてより相応しい人間になれるわけでもない。  それでも、風は涼しくなってきているし、僕はミーティングを始めた。こうして変化に気が付くことはできる。  変化はどれも、何となく似ている。変化の境目には曖昧さがあって、季節も僕も、その曖昧さに塗れながら進んでいる。曖昧だけど、どこかに向かって進んでいる。  僕の足も、通い慣れた道で無意識的にちゃんと家に向かっていて、気が付けば玄関の前に到着していた。  急に現実に帰ってきたようで、僕は思わず立ち止まる。またぐるぐると考え込んでしまっていた。気持ちを切り替えるために、その場に佇んだまま、ひとつ息を吐く。  赤――。  突然、色が思い浮かんだ。不自然に足を止めたからだろうか。アウトカウントの色。信号の色。それと、コスモスの色。さすがにもう、満開になっているだろうな……。  再び歩き出す前にケータイを取り出した。  電話しよう。  具体的な気持ちの変遷はうまく辿れないけれど、思うがままに、そうメッセージを送る。  しばらく待つと、すぐ返事が来た。送り主の河瀬冬加の名前を見て、画面を開く。  いいよ、という可愛らしいうさぎのスタンプだった。  僕は頰が緩むのを感じた。  僕だけじゃない。夏だけでもない。  きっとみんな、みんなが思うよりずっと、曖昧なのだ。

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