真夏のコスモス
三 一枚の葉で知る(16)

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 一葉知秋、という言葉を知ったのは、いよいよ冬の足音が聞こえてくる頃のことだった。  残暑厳しい晩夏を乗り越え、訪れた秋は冷えた風に吹き飛ばされるように素早く過ぎ去り、気が付けば冬一歩手前、みたいな季節だった。 「いちよう、ちしゅう?」  僕は覚えたての言語を発するかのようにたどたどしく口にする。電話の向こうで、英単語の発音じゃないんだから、と季節に相応しい淡々と冷えた声が返ってきた。  すっかり恒例になった毎週のミーティングの夜、電話でまとめが終わった後の、短い雑談の時間だった。  あと三日で十二月だ、今年もあと一ヶ月とか信じられない、みたいな話をしている時に、河瀬は急に秋といえば、とその四字熟語を口にした。 「一枚の葉が落ちるのを見て、秋の訪れを知る。ちょっとした出来事から、何かの変化や物事の本質を察するって意味」 「秋はもう終わるぞ」 「……そうじゃなくてさぁ」  電話越しでは、河瀬はよく喋ってくれた。今まで野球ばっかりしてきた僕の知らないことをたくさん知っていたし、何の役に立つかわからないような雑学も持っていた。聞いているだけで飽きることはなく、むしろ学校で会う時とのギャップに少しだけ驚きつつ、それをどこかで楽しんでる僕自身もいた。  個人面談は二学期が始まってから続けていて、二周目も行おうかとそろそろ考えているほど皆と話はできていたが、この様子では河瀬はやはり必要ない。  毎週こうして話す時間があって、それだけで十分なのだ。 「ただ、今近江君がやっていることに、ぴったりだなって思っただけ」 「僕のやっていること?」 「そう。みんなと少し話して、それでその人となりを知ろうとしている感じがね」  こんな風に、たまに小難しいことを言うのも、河瀬らしいといえば河瀬らしい。彼女は馬鹿ばっかりしている僕ら選手よりも、いつもほんの少し大人で、とても頭が良かった。  僕はころりとベッドに寝転がる。今河瀬はどんな体勢で電話しているのだろう、とどうでもいいことを思う。 「まあ、今の僕にはそれぐらいしかできないから。直接話を聞いて、少しでもみんなが良くなる練習方法を考え出すぐらいしか、できないから」 「そんなことないよ」  河瀬は間髪入れずに答えてきて、僕は思わず言葉に詰まった。  何か最近聞いたフレーズだな、と思って気付く。先月の桜乃と同じ言葉だった。 「いや、でも僕さ、今……」 「そんなこと、思うことない」  僕の言葉を遮って、河瀬は続ける。 「そう思ってるの、近江君だけだよ」  僕は何も言えないでいた。そんなに強く、僕に何かを言ってくるのは珍しかった。 「試合で見られるのは勝ち負けの結果だけど、みんなが見ているのは近江君の今までやってきたことだから。経緯だってちゃんと……みんなちゃんと見てるんだから、そこはわかっといてよね」  やはり僕は何も言葉を返すことができず、不自然な沈黙が電話越しに流れる。何か言ってくるかな、と思って待ってみるが、河瀬は辛抱強く無言を貫いているようだった。  僕はたまらず長い息を吐く。さらにもう一息置いて、僕は言った。 「なんか僕、救われてばっかりだ」  心の声が漏れたような、愚痴みたいな感情の言葉だった。  お互い様だよ、と河瀬は電話の向こうで小さく笑う。 「きっとみんな、どこかで救い合っているんだよ。守山君も、唐崎君も、もちろん私も。これはチームスポーツなんだから。私達はチームメイトなんだから」  そうだな、と僕は小さな声で返事をした。  静かな夜だった。ふとした笑い声だけじゃなく、息遣いまで届いてしまいそうなほど、静謐な夜だった。 「ありがとう」  僕が言うと、河瀬はすぐに返してくる。  まるでその言葉を待っていて、答えを用意していたかのように。 「選手の支えになることが、私の役割だから」

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません