真夏のコスモス
二 夢に落ちるその刹那まで(14)

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「ベンチの連中も、スタメンのやつらも、キャプテンの僕もエースの唐崎も、頼りの守山もみんなそれぞれ悔しがってる。そんなの十人十色だろ。河瀬は河瀬だけが感じる悔しさがあって、喜びもある。楽しい時もあるし、大変な時もある」  自分で言いながら、自分に返ってくるような言葉だった。 「そんな感じでいいんじゃないの。キャプテンになってから特に思うんだけど、みんなそれぞれいっぱい考えて、ちゃんとやるやつはちゃんと練習してるし、行動してる。それが最近わかってさ、僕良い経験してるなぁって思ってる。キャプテンやって、良かったなぁって」  くすりと電話の向こうで笑う声が聞こえたような気がした。 「近江君は、すごいね」  海の青と空の青の違いぐらい、ほんの少しだけ色の変わった声だった。同じぐらい少しだけ、安心した気持ちになる。 「私もそんな感じで考えるようにする。私の、私だけの想い」 「そう。その意気だ」 「さすがキャプテン」 「個人的には、まだキャプテン向きだとは思えないんだけどなぁ」 「私は近江君だと思ってたよ」 「お世辞にしては下手くそだぞ?」  また、くすりと小さく笑う声が聞こえる。  ろくに笑った顔も見たことないし、クラスも違うからグラウンド以外ではあまり会わない間柄だった。そんな風に笑えるのか、と口に出したら怒られそうな思いを抱く。 「ところでさ、カメラが好きって知らなかったよ。部活ばっかなのに時間取れてんの?」 「時間は作り出すものです」  急にいつもの声色に戻ったようで、びしっと言い放つ。  それからよく知らないけれどカメラの機種とか性能とか、あのコスモス園は割と有名なカメラスポットだとか、河瀬はびっくりするぐらい饒舌になって、僕は相槌ばかりを返す時間しばらく続いた。  好きなものに対する話はみんな長い。今夜ぐらい良いか、と諦めのついた頃、突然奈央姉がノックもなしに部屋に入ってきた。電話中だと絶対わかっていたくせに、わざわざ僕の姿に驚いた顔をして、わざわざ憎たらしい笑みを浮かべ、京子さんに報告しようと言い捨てて扉を閉めた。  中学生か、と辟易のため息をこっそり吐いたつもりだったが、電話越しに悟られるには十分だったようで、お姉さん? という河瀬の質問を機にカメラの話は終わった。  あとは明日から授業だから練習の準備は、などと業務連絡的な話をして、お互い電話を切った。  電話が終わった後の沈黙はいつもなんとなく不思議な感じがして、虚しさと楽しさが綯い交ぜになったような空気が部屋を支配する。少しだけ、この感覚は苦手だった。  僕はベッドに寝転がって、ぼんやりと天井を見つめる。  みんなのこと、案外知らないな、という思いが、日が昇るようにじわじわと僕の頭の中に広がっていた。みんなを見ている、とは監督に言われたけれど、果たして僕は、みんなの何を見ていたのだろう。  もっと知ろう、と思った。思った、というより、決めていた。  みんなを知る。理屈はわからないけれど、それは主将の使命のように感じた。務めのようだと思った。  秋の大会であっさり負けてから、何かを変えようと思っていた。  同じように過ごしていては、また同じように負ける、とどこかで焦りがあった。  あと三十分ぐらいで夏休みが終わる。そうすれば授業が始まって、丸一日練習の日が減って、その貴重な時間がより重要になってくる。  何か始めよう。今までできなかったことでも、やろうとしなかっただけのことでも何でもいい。とにかくこのタイミングで、何かを始めようと思った。  勝ちに繋がるのならば、何でもやってみようという気持ちだった。  勝ちたい。  それだけは、意識の差は多少あれど、みんな共通した思いなのだから。  振り返った時に、もうちょっとやれたのに、と思いたくない。最後の夏が終わった後に、あの時もっとできたら、と悔やみたくない。  もう一度素振りに出てやろうかと思ったぐらいだったけれど、不意に今日の河瀬の姿が瞼にちらついて、途端に離れなくなって、眩しかったなぁ、とか思っているうちに眠りについてしまっていた。  夏休みの終わりとしては、悪くないな、という感覚だけが、夢に落ちるその刹那まで、僕の側に寄り添うように残っていた。

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