「なんで、また」 「奈央ちゃんが来たいって言うから」 「あんたの見惚れた景色ってのを見てみたかったから」 次から次へと……。 「ほら、この前の気持ちを思い出す的な感じでさ。今度は溶ける前のアイスちゃんとあげるから」 僕は何も答えなかった。奈央姉に行くよ、と肩を叩かれ、ため息混じりに歩き出す。 コスモス園に広がる花々は、以前訪れた時よりもずっと多くの花が可愛らしく開いていた。広々と見渡せるところに立つと、もう蕾らしき花は判別できない。 風が吹いて、ほのかに甘い香りがする。奈央姉の香水や日焼け止めではなさそうだ。コスモスの香りってそんなに強かっただろうか、なんてことを、ぼんやりと陽炎のように思う。 「すごいね」 奈央姉がいつかの桜乃と同じことを言った。 便利な言葉だ、と思う。所詮言葉なんてものは、受け取り手次第である。 ふらふらと二人並んで園内を無言で歩く。奈央姉と二人で一緒に歩くのって、いつ以来だろう。 特に今回はリフレッシュとかそういう感覚はなかった。僕もやはり同じように、すごいな、と思った。綺麗だ、と思える感性があって良かったとも思う。唐崎はこれを見て何かを感じるのだろうか。守山は、などと考えていると。 「近江君?」 ふと、前を歩く人が振り返って、僕の名を呼んだ。僕は立ち止まって、顔を上げる。考え事をしている時は、無意識に下を向いているようだということに気が付く。それから、目の前の人物が誰か判別できた。 私服で一瞬わからなかったけれど、こんなに涼しそうな顔をしている知り合いを、僕はまだ一人しか知らない。 「河瀬……」 全く想定外の邂逅に驚いているのか、休みだからこんなところで出会うのも不思議じゃないと納得しているのか、よくわからなかった。 「アイス買ってくるの手伝ってくるね」 奈央姉は訳のわからないことを素早く言って、来た道を戻って行った。 河瀬と向かい合ったまま、お互い探り合うような沈黙が流れる。彼女は黒のノースリーブに白を基調とした花柄のガウチョパンツ、おまけに麦わら帽子と、夏の女の子の要素を最大限に発揮したようなファッションで、何を考えているのかわからない顔をしてじっと僕を見ている。 ばったり会ったのはともかく、その見慣れない姿には素直に驚いた。ちょっとだけ、こいつこんな可愛いかったっけ、とも思った。普段部活でのジャージ姿とのギャップのせいだろうか。それとも、眩しい夏という季節が女の子を明るく見せているだけなのだろうか。 服装だけでなく、麦わら帽子と長い黒髪が、とんでもなく夏に似合っている。 「あの人は……」 先に口を開いたのは河瀬だった。恐らくもう姿の見えない奈央姉が消え去った方向を見て呟く。 「いや、あれは僕の姉。ほんとどうしようもないぐらい姉」 僕はなぜか慌てて弁解するように言った。 僕に姉がいる、という話を河瀬にしたことはあっただろうか。
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