真夏のコスモス
一 真夏の中のコスモス(10)

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 その日も相変わらず朝から殺しにかかってくるような日差しだった。熱中症で搬送されたというニュースを連日耳にする。日々違うのは搬送された人数ぐらいである。決して僕も他人事ではない。 「行ってきます」 「ちょっと待って! 私も出るから」  玄関を出ようとすると、慌てた様子で奈央姉がリビングから飛び出してきた。 「何、出かけるの? やけに早いじゃん」 「うん。今日はねー、海に行くの」 「海?」  扉を開けながら、背中越しに奈央姉の声を聞く。振り向くと、サンダルなのか靴なのかわからないような履物の紐を結んでいた。 「朝から行かないと混むし」 「今の時期いつ行っても混むよ」 「お土産に海水持って帰ってきてあげる」 「いらねーよ。嫌がらせかよ」  僕達は駅まで一緒に歩いていく。電車はお互い逆方向だった。友達の家に集合して、そこから車で海へと向かうらしい。 「大学生はいいな。自由そう」 「そうだよ。だからこそ、充実するかは自分次第なのだ。じゃあね、強制労働頑張って!」  強制労働なんて言うな、と言いかけて、あながち間違いではないのではと思い直し、結局、気を付けて、と愛想なく口にしただけに留まった。強制でも、労働でもない。練習に行くのが億劫なわけでもない。ただこんな暑さの中練習するのが好きな人間もまたいない。やらなければ、という使命的な思いと、やりたい、という欲求的な思いの狭間で、僕のモチベーションはだいたいいつも揺らいでいる。  また、世の中働いている人は今の僕に似た気持ちを持っているものなのだろうか、とふと考える。  僕はまだ好きな野球をやれている分、ありがたい話ではないだろうか。そもそも、仕事が好き、という感覚も、今の僕じゃまだよくわからないけれど。そう思うと、姉を見る限り大学生は何かと自由っぽい。不自由はあるのだろうか……。  奈央姉が電車に乗り込むのをぼんやりと見届けていると、僕が待っているホームにも電車が滑り込んできた。  慌てて現実へと意識を戻す。僕も決して不自由なわけではないけれど、と思いながら電車に乗り込んだ。  景色を後方にすっ飛ばして、僕を乗せる電車はグラウンドへと徐々に近付いていく。グラウンドへの直線距離が縮まるにつれ、自動的に気分も上がってくる。やるぞ、と。やる気のスイッチを押す魔法の言葉のようにそう呟いて、学校の最寄駅を降りるのは、いつものことだった。 「おはようございます!」  ユニホームに着替えてグラウンドに入ると、先に整備を始めている一年生の挨拶が飛んできた。おはよう、と返し、グローブやバットをベンチのいつもの場所に置く。  一年生以外ではだいたい僕が初めにグラウンドインしている。今日のグラウンドコンディションを確認したり、軽くバットを振ったりして身体を慣らす。最近雨が少ないから、土が固く乾燥している。練習メニューの合間に水は撒いているが、まさに文字通り焼け石に水といった様子だった。  変に打球がイレギュラーしないように、ポジション周りの整備は欠かせない。一年生の整備が終わると、念のためにぐるりと内野を一周歩く。外野はまあ何とでもなるが、内野の整備には特に気を遣わなければならない。僕はもうずっと外野を守っているが、それぐらいはわかる。こんな乾燥した土の上を速い打球が飛んできたとしたら、いつ変な跳ね方をするかわからないという思いがよぎって恐いものだ。ただの小石がミス、怪我の原因になりかねない。  僕がダイヤモンドを一周し終わった頃には、部員はほぼほぼ揃っている。遅いやつはだいたい決まっていて、狙ったように毎日ギリギリに到着する。遅刻を恐れない度胸は認めるが、感心はしないし僕には真似できない。 「集合!」  まあ、こうして僕の掛け声で、監督を中心にして半円状に並ぶ時に全員居てくれれば、何も問題はないのだが。

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