真夏のコスモス
三 一枚の葉で知る(9)

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「聞いてくれ! みんな、頼むから聞いてくれ!」  翌日、試合会場に集合するなり、唐崎はいつになく興奮した様子で皆に言い回っていた。 「河瀬からさ! 来たのよ!」 「何が?」  僕は努めて平静を装って尋ねる。守山が怪訝そうに唐崎ではなく僕の方を見つめていた。 「モーニングコール!」  一年生がどよめいていた。あの河瀬さんが、と。まあ正常なリアクションだった。  飛び起きたぜ、とオーバーな動作付きで朝の様子を語る唐崎。僕は笑いを堪えて明後日の方向を向く。  篠原は唐崎に、お前何か無神経なこと言ったんだろと問い詰め、北小松は今日投げ終わった後のアイシングは自分で作った方がいいよと助言していた。二年生はだいたい、唐崎が何かやらかしたのだと思い込み、その身を案じていた。  さすが調教された二年生諸氏は、彼らにとっての河瀬のイメージがよくわかる反応を見せてくれた。 「お前、昨日の夜何話したんだよ」  肩を小突いてきたのは守山だった。一人だけ気付いてくれるのも想定内で、僕は事の顛末を小声で話す。 「まあ、ほら、なんて言うか、ほんの出来心でさ……」 「お前な……もし唐崎が乱調だったら、俺にアイスおごれよな」  守山は冗談めいた口調で言い、ため息を吐いた。  出来心。便利な言葉だった。  河瀬の方を見てみると、思ったより恐い顔で僕を睨んでいた。ちょいちょい、と手招きされて、僕は無言で素直に従う。  すごく冷たい目をしていた。この人笑うことあるんだろうか、と思えるぐらい、背筋の冷える目をしていた。 「ねぇ」 「はい」 「何がしたかったの?」 「あの、ほんの出来心で……」  本気なのか冗談なのか、表情や声から判別するのは難しかった。 「約束、忘れないでよね」 「完封コールド勝ちしてきます」 「その後アイスおごってね」 「えっ」 「マネージャー三人分ね」  一年生マネージャー二人が追加された。約束、とは一体……。 「唐崎、ちょっと」  僕はたまらず唐崎を呼んだ。河瀬を見て一瞬足を止めるも、すぐにはっとして駆け寄ってくる。 「何、俺何か言ったっけ?」 「違う。モーニングコールお願いしたのは僕だ。河瀬は何も怒ってない」  あれだけ忙しなかった唐崎の動きがぴたりと止まった。その後ろでは、二年生達が行く末を見守っている。あっさりとネタバレをしたが、案外みんな何かしらの裏があることぐらいは気付いていたのかもしれない。 「まじ? アキが? なんで?」 「なんか面白いかなって。ほんとただそれだけ」 「河瀬!」  唐崎は途端に僕から河瀬に向き直り、びしっと足を揃えて直立したかと思えば、試合開始時さながら綺麗なお辞儀を披露した。 「毎試合、お願いします!」  どっと周囲が笑いに包まれた。守山まで笑っていて、一瞬呆気にとられた僕も遅れて笑い出す。  唐崎だけがど真剣で、河瀬は怒ったような、困ったような、恥ずかしいような表情をしていた。その顔も新鮮だった。そのまま笑ってくれないかな、とふと思う。  その後、僕が笑えなくなるぐらい河瀬に怒られて、その様子を見て部員達はまた笑っていた。やがて監督が到着して、母ちゃんに説教食らってるみたいだな、と呟いてまた皆の笑いを誘っていた。  キャプテンを河瀬と交代した方がいいんじゃないか、という野次と、唐崎やっぱお前すげーよというほとんど尊敬みたいな賞賛の声が入り混じり、それは僕が集合をかける時まで続いた。

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