真夏のコスモス
三 一枚の葉で知る(15)

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 何のことだ、と一瞬爆発するように思考を走らせた。リフレッシュ……そうだ、コスモス園での言葉。僕が主将に慣れていなかった頃に桜乃が気を利かせてくれて、京子さんと一緒に行った場所。小さな頃から何度も、桜乃と行っていた場所。  でも、と返事に躊躇する。確かあそこの見頃は、もう過ぎているはず……というより、そんなすぐにオフはないんだけど……。 「行きたい? 行きたくない?」  桜乃はたまに、僕に対してびっくりするほど強気な発言をする。クラスでは、そんな感じじゃないんだけれど。 「……行きたい」 「創立記念日」 「え?」 「学校の創立記念日は部活も休みだよね? その日にしようよ」 「一ヶ月も先じゃないか」 「何? 平日の休み重ならないじゃん? 逆にその日以外あるの?」 「いや、ない、けど」 「一ヶ月ぐらい耐えなさい。例えそれまで打てなくっても、新手のメンタルトレーニングぐらいに思っておけばいいんだよ」  スポーツは結果出るまでの辛抱だからねっ、と拳を突き出してくる。僕はほんの少しだけ笑って、同じように拳を合わせる。 「それに、アキは頑張ってるよ」  桜乃は前に向き直って、ゆったりとした歩調で歩き出す。 「休み時間、ほとんど教室にいないじゃん。あれ、みんなと何か話してるんでしょ? すごいよ。よくやるよ。本当に……アキは、頑張ってるよ」  真っ直ぐ伝えてくれる、その言葉は素直に嬉しかった。ちゃんと見てくれているんだ、と思った。チームメイトのみんなも、こんな風によく見てくれていると嬉しがったりしてくれていただろうか。素直に、言葉を受け止めてくれていただろうか。僕の言葉は、届いていただろうか。  桜乃は秋の夜空に向かって続ける。僕はその斜め後ろで、のろのろとついていく。 「まだまだ、これからだよ。アキも、私も。だから、その、何というか……」  夜の風が、いよいよ冷たくなってきた。そこから桜乃の言葉は続かなくて、りりり、とどこかで虫の鳴き声が聞こえてきた。 「なんか、励ましてもらってばっかりだな」  沈黙がむず痒くなって、僕は笑いながらそう言った。桜乃は歩くペースを落として僕の隣に並ぶ。  そんなことないよ。はっきりとそう言った横顔は、思いの外真剣だった。 「私ももっと頑張らなきゃって、いつも思っている。頑張らなきゃって思わせている同士だね。ギブアンドテイクじゃなくて、ギブアンドギブだね」  そう言ってようやく笑い、こちらを向く。  よく日に焼けたその笑顔は、まるで子どもの頃に戻ったように感じるほど、昔から見慣れた顔だった。 「頑張ろうね」 「お前、いつもそれ言ってるよな」 「いいじゃん、頑張る。好きな言葉だよ」  僕もだよ。そう言おうと思ったけれど、声にはならなかった。  秋の夜風が、僕の火照る思いを冷ますように吹いていく。頑張ろう。多分桜乃と同じぐらい、その思いは強かった。 「じゃあ、また」 「あ、桜乃……」 「なーに?」  別れ際に、夏のあの夜が唐突に思い出された。僕は思わず呼び止める。  あの日はまだ暑くて、主将になったばかりで、あれからたった二、三ヶ月だけれど、変わったな、と思う。僕の意識も、行動も、変わったな、と思う。  永遠に続くかと思うほど暑かった夏の日々も、気が付けば秋になっているように、僕も知らず知らずのうちに変わっていた。  そして、秋がきた、と思っていたらもう冬になる。風が次の季節を運んでくる。  季節は飛ぶように過ぎるし、時間もみるみる進んでいく。  だからこそ、せっかく気が付いた一瞬を、逃したくなかった。 「……送るよ、暗いし」  それで世界の何かが変わるわけではないけれど。  急に打てるようになったりもしないけれど。 「うん、ありがと」  何か、変わりそうな気がした。  僕の何かが、変わるきっかけになりそうな、そんな気がした。  例えどれだけ些細なことだとしても。  これは、今の僕ができることの一つなのだから。

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