真夏のコスモス
四 桜はじっと春を待つ(3)

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 全員が納得する、ということは、三十人も部員が集まればまずあり得ない現象だった。  だから僕は、最適解を選ぼうと思ったし、それは全員で考えたものにしよう、と思っていた。  ふと、その日は唐突にやってきた。ずっと続けていたミーティングや練習メニューの改善で、その効果を実感したのは、年内最後の練習の日、皆で大掃除をしている時だった。 「アキー!」  寒空の下、冷え切ったグラウンドに唐崎の大声が響く。練習は午前で終わり、午後からの倉庫や道具の整理が始まったばかりだった。  どうやら監督に呼ばれたらしい。監督は教員室へ一旦戻っているらしく、河瀬に連絡が入ったようだ。たまたま河瀬のすぐ傍にいた唐崎が、わざわざ探してわざわざ呼びに行く必要もないと大声を張り上げたのだ。 「監督、何だって?」  僕は一応河瀬に聞くが、用件までは知らないようで首を横に振る。どさくさに紛れて手を休めている唐崎にさっさと掃除に回るよう言いつけて、僕はグラウンドの外へ出た。  教員室へと向かう間、突然、久しぶりだ、と感じた。体験したことのある懐かしさだった。デジャヴではない。これは、夏だ、夏に僕はこうして皆から離れ、一人で教員室に向かっていた。  あの日は、忘れもしない。主将拝命の日。  セミの声までは空気があまりに冷た過ぎてフラッシュバックしてこなかった。だが、あの時の心境はありありと蘇ってくる。何に対してかわからない緊張と高揚、ぼんやりとした陽炎のような覚悟。予想だにしなかったと思ったけれど、頭の奥底では全てわかっていたかのような不思議な感覚。  手応えがあったわけでもなかったわけでもないテストが返ってくる時のような、そんな曖昧な感情が全身を血のように駆け巡っている。  あまりにも打てないから、何か言われるのだろうか。それとも、練習メニューに好き勝手自分達の意見を言い過ぎたのだろうか。考えてもどうしようもないことを考える。僕の悪い癖だった。 「説教するわけじゃない。なんて顔してるんだ、お前は」  村野監督は困ったように笑いながら言った。どんな顔をしていたというのだろう。教員室には僕ら二人だけだった。暖房がまだ利ききっていないのか、少しだけ肌寒い。 「今年も一年、よく頑張ったな。キャプテン始めて五ヶ月とちょっとか。どうだ?」 「キャプテンと呼ばれるのに違和感がなくなりました」  村野監督はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。 「今更か?」 「今更です」 「俺もキャプテンになったことはなかったんだがな、キャプテンやってみて、どんな感じだ?」  どうだとかどんな感じだとか、監督の質問はやけに曖昧だった。仮にも指名した側として、気にかけてくれているのだろうか。それは、暗にやって良かったかどうかと聞いているのだろうか。  そうだとしたら、心配ご無用だった。貴重な経験だと思っている。やらなければ良かったなんて、微塵も思っていなかった。 「結局キャプテンなんて形だけで、みんなで一緒に頑張ってるので。たまたま僕が先頭立ってるだけのような感じです。まあ、その、何と言うか……」  その後に自分が口にする言葉を思い付いた瞬間、僕は笑い出しそうになった。  しかし、確かにそう思って、そのままのことを感じて、僕は感じたままに言う。 「背の順で一番前にいるみたいなもんですよ」

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