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 搭乗してみると、〈トラベラー〉の機内は標準仕様から大きく外れ、救急搬送用に特化されて いることがよくわかった。二台のストレッチャーに一台のベッドを装備し、医療用各種モニターが あり、人工呼吸器や、与圧調整さえ可能な設備まで整っている。そして、コクピットにある二席の 他は、すべて医療用として改造されており、奥にある扉の向こうは、どうやら診察室になっている ようだ。  見事なまでに機能的だ。横一列に並んだシート席に、大統領、防衛大臣、オハラ、キートの四人が 座り、それに向かい合う形で、固定式のメディカルスツールにドクター・ヘレティックが座った。  キートは傷病兵の移送のため、軍のメデバック・ブラックホークに搭乗した経験があるが、それと 比較しても遜色がないほど――― いや、はっきり言って、比べ物にならないくらい立派な設備だった。 「すごいですね。これは……エアアンビュランスにも引けを取らないのでは?」  好奇心も露わにキョロキョロしながら、感心しきり、オハラが口を開いた。ドクター・ヘレティックは オハラの言葉に「まあな」と素っ気なく返すと、大統領に向かって口を開いた。 「最初に確認しておきたいのだが、病名、病状、予後の説明や治療方針を、お付きの者たちの前で話しても 問題はないのか?」  大統領は迷いなく、当然とばかりに頷いてみせた。 「どうぞ、彼らには何もかも包み隠さず話してくださってかまいません。彼らは側近の中でも一番信用の 置ける者たちです。私の家族だと思って本当のことをお話しください、ドクター」  その言葉に、ドクター・ヘレティックは皮肉めいた笑みを浮かべながら、片眉を上げてみせた。 「ほう? 面白い。側近の方々には、中央アフリカ人は一人もいないようだが」  それを聞いた防衛大臣の顔には、内心の驚きが滲み出ていた。防衛大臣は黒人ではあるが、中央アフリカの 民族出身ではなく、エチオピア出身のオロモ人だった。しかし、白人種から見れば十把一絡げで、どれも黒人は 黒人だ。区別がつく者などそうはいない。防衛大臣は大統領の幕僚の中では唯一の外国人だった。ルシンダに 帰化しているとはいえ、政府の要職に就くにあたって周囲の反発はもの凄かったそうだが、大統領の一存で決定 したという話を、キートは防衛大臣本人から聞いたことがある。もちろん、前代未聞の大抜擢だ。 「人種も国籍も関係ありません。彼らはこの国にとって……そして私にとっても、とても大切で重要な者たちなのです」  大統領はきっぱりと言った。 「なるほど……承知した。キートのメールでは詳しいことは伏せていたが、脳腫瘍が再発したらしいな」  ドクター・ヘレティックは首を傾げると、組んだ膝の上で指を三角形にかたち作った。その、長く、器用そうに 組まれた形のよい指に、キートはどうしても目が吸い寄せられてしまう。こんな経験は初めてだ。  ……喉が渇いて引き攣れる。  誰にも気づかれないようにしなければ―――  キートは唇を噛みしめると、交わされる会話に集中した。 「ええ、そうだと思います。私は十年前に一度、そして五年前にも上衣腫の手術と外科的治療を受けています。 今回は医師の診断を受けたわけではありませんが、あのときの症状とよく似ているので、ほぼ間違いないと思います」  大統領は落ちついた態度で説明した。 「ふむ……頭蓋内上衣腫の腫瘍は再発しやすいうえ、厄介だ。頭痛や眩暈はあるか?」 「頻繁に。それに、痙攣発作の間隔も短くなっています」  ドクター・ヘレティックは、メディックバッグが積んである棚の引き出しから眼底鏡を取り出すと、言った。 「さて、こちらを向いて頂こうか。まず、網膜の検査をする。脳と直接繋がっている網膜を見れば、ある程度 脳の状態を推測できるからな。目の中の細い血管は、脳の血管と非常によく似た症状を示すんだ」  ドクター・ヘレティックは手に持った眼底鏡のダイアルを調整すると、大統領の左目の網膜に焦点を当てた。 「まっすぐ前を見ろ。ライトが点滅するが、のぞき込まないように」 「わかりました」  大統領は言われた通りに従った。  ややあって、ドクター・ヘレティックは眼底鏡をしまうと、深刻な表情で立ち上がった。 「もう少し入念な検査をする必要がある。奥の診察室へ。お前たちはそこで待っていろ」  

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