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 次に目覚めたときは朝になっていた。大きな窓から溢れんばかりの日差しが燦々と降り注いでいる。 キートは眩しさに目を細めて、光線から顔を隠すように手で庇を作った。暖炉の火は消えていたが、 寒さは感じない。裸のままの状態で、ラザールと折り重なるように寝ていたが、身体にはかぎ針編みの 厚手のブランケットが掛けられていた。色とりどりの花をモチーフにした、可愛らしいデザインで、 周囲にはポンポンのフリンジがぐるりとあしらわれている。明らかに手編みだ。  キートはラザールを起こさないように、そっと身体を動かした。寝返りを打ち、横を向いて頬杖を付く。 朝の光の中にあってさえ、ラザールは輝くほどに美しかった。見入れば見入るほどに目を奪われる。 こんなにも比類なき美貌の男と、濃密な一夜を過ごしたことがまだ信じられない。  朝日を浴びて、美しい光を弾く髪にそっと触れてみる。  乱れた髪を撫で梳くように触っていると、ラザールがゆっくりと目を開けたので、キートは慌てて 手を引っ込めた。 「ん……、キート?」  眠たげなくぐもった声は罪作りなまでに魅惑的だ。ラザールは極上の笑みを浮かべ、キートの頬に 手を伸ばした。 「おはよう、キート。気分はどうだ?」  キートはぎこちない笑みで頷いた。それが、精一杯だった。ラザールは低い笑いを漏らす。 「俺も、最高の気分だ」  ラザールは蕩けそうな顔で言い、キートの目に被さる前髪を指で払いのけた。自分に向かって首を 傾ける仕草に、キートは馬鹿みたいに胸がときめき、注がれる優しい眼差しに気持ちがざわついた。    ラザールの手のひらが左頬の傷跡の上を撫で、親指の腹が瞼をなぞる。  キートが身を強張らせ、上体を引くと、身体を覆っていたブランケットが床に落ちた。朝の光の 中で、身体をさらすのを恐れたキートは慌ててブランケットを拾い上げようとした。だが、ラザールは ブランケットに伸ばしたキートの腕に、指で触れるとやさしく遮った。 「気にするな。俺しかいない」  キートの動きがねじまき人形のように止まる。 ―――わかっていない。あなたの前だから恥ずかしいんだ。  キートは恨めしい目でラザールを見る。 そもそも、軍の兵舎では一部屋を数人でシェアすることが普通であり、そこにはプライベートは無きに 等しい。未来の士官を養成する王立軍事大学を首席で卒業したキートは、任官試験後、最初から少尉と して陸軍に入隊した。しかし、大学時代の寮ではルームメイトがいたし、養成訓練期間は配属先の基地で 訓練を受けた。そこでは一部屋に大勢が詰め込まれ、当然ながらシャワーも共同だった。だが、キートは いつでも堂々としていた。例えその場に女性兵士が混ざっていてもだ。羞恥心など持っていたら生き残れ ない。沈黙、同情、好奇。言い知れぬ疎外感。キートは早々にこれらに対処する術を学んだ。  だが、厄介なのは、その場の誰よりもタフな男でなければ気が済まないタイプの馬鹿マッチョだ。 性器の大きさ=男らしさの証明と勘違いしているような男はあからさまにキートを見下し、侮辱 してきた。キートはそんな男のひとり、長身で屈強な体格の兵士を皆の前で叩きのめし、アーミー ズボンを引きずり下げて、尻を叩いてフィストファックしてやったことがある。と言っても、 そこはもともと広がるのが前提の器官ではないので、さすがに初っ端から拳は入らなかったし、 強引に手指を挿入したので相手に怪我をさせてしまったが。  汚い男の尻に手を突っ込むなど吐き気がしたが、やっただけの効果はあった。輪を作って、周りで 見ていた兵卒たちに嘲られ、男は急いでズボンを上げると這々の体で逃げていき、その後まもなく 除隊した。皆がキートを恐れ、一目置いたのは言うまでもないだろう。  だが、ラザールの前になると、まったく勝手が違う。  キートは無意識に下腹の部分を隠し、服を探して部屋を見回す。だが、脱いだはずの服がどこにも 見当たらなかった。 「……服がない」  情けない顔で呆然と呟く。 「ああ、エンティティーが片付けたんだろう」  手編みのブランケットを手に持ちながら、ラザールが言った。 「誰だって? エンティティー〈実態〉? それは人の名前なのか?」  ラザールは肩をすくめた。 「本名が何と言うのか知らんが、そう呼んでいる。三階の角部屋に住み着いている小間使い兼メイドだ。 霊媒体質もあって、極度の対人恐怖症でな。滅多に姿を見せることはないが、なかなか気が利く 使えるメイドだ。例えば、夜中に酒が飲みたいな、とか考えていると部屋のドアがノックされる。 ドアを開けると、そこにはワゴンに乗せたお気に入りのカクテルと肴が置いてあるという具合だ」  なんだか気味の悪そうな話だ。キートは沈黙した。 「まあ、実体のある幽霊だと思って、見かけても無視してやってくれ」  苦笑いをしながら言うと、ラザールはキートの肩をブランケットで覆ってやった。そして、キートの 額に自分の額を押し当てると言った。 「風呂に入ろうか」

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