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 国連本部ビルの地下一階、開放エリアにあるスターバックスに移動すると、キートは普通に本日の コーヒーをショートで、アダムはキャラメルフラペチーノをベンティでオーダーした。しかも、注文 しなれているらしく、暗号みたいな複雑なカスタマイズをしていた。なるほど、見た感じの体重が 少なくとも10キロは増えている原因はこれか。ステレオタイプの男らしさを強調しながら、ビールや ウィスキーばかり飲んでいた男が変わったものだ。  ギフトショップやブックショップで買い物を終えた観光客が目立つ店内で、二人は一番奥まった席に 座った。 「結婚しているのか?」  アダムの左手の薬指にある指輪に目を留めて、キートが言った。 「ああ、5年前にね。ちょうど君がPKO国連ルシンダ支援団の連絡将校として派遣された頃にね」 「よく知っているな」 「そりゃ、支援団の派遣はテレビのニュースでも頻繁に取り上げられてたからね。インタビューに 答える君は不愛想だったけど、僕の妻は君のことをすごく素敵だと言ってたよ。顔の傷がクールな アクセサリーみたいで、何てハンサムな支援団長なの、って」 「……それはどうも。ぜひ奥さんによろしく」  キートは、まるでくだらないジョークを聞いたみたいに素っ気なく言う。 「実は、妻はシエラレオネ人なんだ」  アダムが静かな口調で言い、キートはまたしても驚かされた。アダムのことを、白人至上主義者だと ばかり思っていたからだ。  西アフリカのシエラレオネはダイヤモンド鉱山の支配権をめぐって大規模な内戦に突入し、7万人以上の 死者を出した国だ。およそ10年間続いた内戦の影響で、今なお治安は不安定で、現在でも世界で3番目に 寿命が短い国なのだ。 「妻は内戦下のシエラレオネで孤児となって、アメリカの養父母に引き取られたんだ。とても強い女性だよ。 精神科医に勧められて参加したグループ・セラピーで出会ったんだ」  アダムは言いながら、キャラメルソースがかかったホイップを口に運んだ。 「グループ・セラピー?」  キートはブラックコーヒーを一口飲んだ。 「強姦被害者が集まって話し合うグループ・セラピーだよ」  アダムは相手の反応を窺うように見たが、キートが無表情、無言を貫いているので、そのまま話を続ける ことにした。 「さっきも言ったように、今はもう君に対して恨みつらみはないんだ。むしろ、僕の方こそ君にひどい 暴言を吐いたり、犯罪まがいの嫌がらせをしたりして最低な奴だったと思う。君が僕を叩き伏せて、 フィストファックしたのも無理はない。僕はそれくらいのことをされて当然だったんだ」  ―――つまり、自分は強姦の加害者というわけか? あながち間違ってはいないが、キートは複雑な 顔をした。 「グループ・セラピーに行って、被害者たちの話を聞いて、自分の経験なんか本当にたいしたことないって 凄いショックを受けたんだ。妻はまだ子供だったのに複数の兵士から暴行を受けた。あの辺りでは、先進国では 考えられない処女信仰があるって知ってるだろう? その他にも……男性のレイプ被害者にも会ったよ。大勢の 男たちに輪姦されたんだ。ひどい怪我を負って……肛門と膀胱に常に痛みを感じていて、未だに治療中だと言って いた。……彼らの話を聞いて一人きりになったとき、車の中で泣いたよ」  長い沈黙のあとで、キートが口を開いた。 「続けてくれ」

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