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   「どうした? キート、気分でも悪いのか?」  キートははっと我に返り、ドアの方に視線を向ける。幻聴じゃなかった。見るとそこにラザールが いた。出かけたときと同じ格好をして。キートは魂を奪われたように見惚れて、胸をときめかす。  ―――とても素敵だ。ノーブルな気品の中に野性味があって……なんてセクシーなんだろう……  心配そうな顔をしている。なぜだろう。心配していたのは俺なのに。いや、これは薬が見せる 幻覚だ。ラザールは俺のことなど忘れて世界を自由に飛び回っている……はずだ―――  ―――俺は、置いていかれる……  キートは幻覚に向けて手を伸ばす。まるで、最果ての蜃気楼を掴むように。 「…ラ、ザール……」  その手を、ラザールはしっかりと掴んだ。掴んで離さなかった。手首を握られて、キートの身体が 瘧のように震えた。気持ちいい。筋肉が勝手に蠕動し、神経という神経が収斂発火を起こし、全身に 炎が広がる。凍っていた血が一気に溶けて、ゆっくり血管に流れ出す。  その手の感触は本物だ。本物のラザール。キートはまばたきした。 「キート、正直に言えよ? 何のドラッグを使った?」  ラザールの声の響きには焦りの色が見えた。キートの顎をがっちり掴んで、力を込めて自分の方に 向かせる。覗き込む目は厳しかった。 「あ……メチレン…ジオキシ、メタン、フェ…タミン」  キートは途中で舌を噛んだ。その痛みが気持ちよかった。小粒でぴりっとした刺激が脳天を跳ね回る ようだった。 「MDMAか、悪い子だ。何錠飲んだ?」 「一錠、だけ」  それを聞いたラザールは、咎めだてるようなことは言わず、安堵の息を吐いた。一錠だけなら、効力は 六時間程度で消えるはずだ。  ラザールはキートの額にキスをした。父親が幼い子供にするように。性的な要素はまったく感じさせなかった。 「水を持ってきてやろう」 「いやだ、行かないでくれ」  踵を返し、離れようとするラザールの腰に縋って、キートは激しくかぶりを振る。潤んだ瞳を細めて 下から見つめてくるキートの、悩ましげな切羽詰まった表情にそそられて、ラザールは生唾を飲んだ。 「ラザール……気づかないふりはやめてくれ……もう俺が欲しくないのか?」 「キート―――」  熱い視線を向けられて、ラザールは自制心を失いそうになる。装いの一部を乱し、懇願するキートの姿は 罪深いほどに官能的だった。 「今のお前は正気じゃない。薬の成分のせいで興奮しているんだ」 「だから何だ? 俺があなたと関係を持ちたいと思っている気持ちは本物だ。それを否定するのか? あなたが俺をいらないと言うなら、俺は何のためにここにいるんだ?」 「キート……」  ラザールは困ったような顔をする。キートは子ども扱いされて、適当にあしらわれていると感じ、 むかっ腹がたった。 「もういい! 今の俺を抱かないなら、二度と抱けると思うなよ」

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