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海から市場に吹く潮風は徐々に強くなっている。  その一角、崩れかけた二階建ての、建物の屋上に少女はふわりと、音もなく降り立った。  表情はらんらんと輝いている。  服装も早朝の軽装ではなく、黄や緑……原色を織り交ぜた舞台衣装。  刺繍が施された上衣、緩やかな袖、膝までのズボン。サンダル。  右腕の手袋だけは変わらず着けている。  簡素な服の、若き英雄役といった所だろうか。  琥珀色の瞳が見つめる先には、戦士たちと大蝦の群れ。  互いを食らわんとしのぎを削る中、異邦の二人が参戦することで天秤は傾いた。  流れるままにしておけば、太陽が大して傾かぬうち、山程の蝦料理がその場の全員に振舞われるだろう。  両手の人差し指と親指を広げ、組み合わせると腕を伸ばす。  手で作った額縁を合わせる先は、狩人たちと蝦の猟場。  弱いものの肉を強者が食らう、この世界の縮図。  赫灼の巷にて、また一体蝦が倒れ伏す。  たった今その絵を描き上げたのは、黒翼の狩人。  影の河の如く、流れる体術で瞬く間に蝦が切り刻まれてゆく。  関節の脆い部分を精確に狙って斬っている。  全身を覆う黒の衣装。  ひょっとして。  あれが。  狩人の跳梁に見入る役者の耳が、悲鳴を捉えた。  出所たる市場の片隅、開けた道に目を向けると、蝦が一体、犬耳の男女を追っている。  多脚を巧みに動かし、逃げる二人に迫る。  女の足が縺れ、転倒する。  蝦の足も止まる。  表情があるなら笑っているに違いあるまい。  すでに皆避難している。  助ける者はいない。  血相を変え、二階建ての屋上から跳ぶ。  慣れ切った階段を降りるが如く軽々と着地を決め、走る。  長い袖、燃えるような髪がはためいて色鮮やかな残像を残す。  よくみると、二人はまだ幼い、役者と同じか、下といった所か。 蝦から少女を守る様に、少年が立ちはだかっている。  震えながらも、一歩も引かず、蝦を睨みつける少年に向け、無情な鋏が振り下ろされる。  二人が旋風に巻かれて消えた。  刹那、赤い陽炎を残す空間に、鋏が空しく宙を切る。  蝦がポツンと取り残され、そこから少し離れた商店の前で、三人は揃って地面に転がっていた。  鮮やかな衣装が土埃に汚れるのも厭わず、即座に転身して跳躍。  派手に降り立った位置は、蝦と少年少女の間。  蝦が再び獲物へと狙いを定める。  対する少女は、右腕を突き出した攻撃的な構え。 「”狗族”クゾクの兄妹でしょ」  派手な役者姿が二人に語り掛ける。  蝦がにじり寄る中、明朗な調子に少年が戸惑いを覚える。少女は尻餅をついたまま、ポカンとしている。  派手な衣装も、ここがどこかを理解していないような風情を漂わせている。  役者が少し、ほんの少し振り向く。  少年と、視線が交錯する。 「さっきのアンタ、ちょっと格好良かった。それと、家族ならもっと強くなりなよ。今度はちゃんと守れるように」  軽やかな調子に翳りが混じったのは、ほんの僅か。  再び役者が蝦と相対する。 「後は任せてさっさと逃げな。ここからは熱くなる」  蝦が鋏を振り上げる。  役者の足が地を蹴り、華麗に舞う。  その笑顔は牙剥く虎めいて、獰猛。

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