「卓と椅子、借りて来たぜ。墨と筆、札は用意があるんだろうな?」 「無論だ」 「ありがとう、烈」 天下の往来、ど真ん中。 卓を挟んで、二人は向かい合う。 既に墨壺、二振りの筆、札は置かれている。 お互い、椅子には座らない。 いつの間にか、風は止んでいた。 先程までの春一番が嘘のようだ。 ひょっとしたら、何者かがこの対決を見届ける気になったのだろうか。 あるいは、ただ一時の静けさ、気まぐれなのかもしれない。 だとしたら、風祈と朝霧にとっては都合がいい。 そして、観客たちにとっても。 気付けば、店の中にいた客達が、二人の座する場所を取りまいている。 今ならば強風と土煙に乱される事無く、見守ることができる。 「しかし……なんで外なんだ」 「ここなら店に迷惑はかかるまい。うまい酒の借りもある。壊したくはない」 「壊れるんすか、俳句で」 「俳句を侮るでない。創造の力が満ちる時天地開闢にも匹敵する力が我の体内より湧き出るのだ」 「要するにめちゃくちゃアガって暴れちゃうって事ですね。酔っ払いよりタチ悪いな」 「フフフ、その歯に衣着せぬ物言い気に入ったぞ。烈も我の弟子となるがよい」 「お断りします。俺には俺の道があるんで」 「むう……やはり創造者とは孤独こそ伴侶。我を知るのは我のみか」 「あの……そろそろ始めてはいかがでしょう」 風祈が口をはさむ。 態度は控えめに、言葉はしっかりと。 朝霧がむう、と唸る。 「確かに……我としたことがそなたを放り出して漫談にかまけるとは。気の利かぬことであった」 一つ頷いて見せる。 「始めるか」 お互いの手が白く閃くや、筆と札を手に握っている。 烈風が壺を開けると墨の匂いが流れてくる。 朝霧と風祈、二人の目が僅かに細まる。 思慮深い表情だ。 「先手は」 「御随意に」 「大した自信と言いたいが……素直に甘えるとしよう。いざ!」 白手に導かれ、墨痕、宙に躍る。 無地の札に築かれる言葉は。 “霜月に 白花想い 幾星霜“ おお、と観客たちがどよめき、沸く。 「直球だな……」 「しかも冬の季語……」 「逢えぬ月日、長い夜はそのまま愛へと昇華する……次はそなたの番だ、風祈」 詠みあげる朝霧、鮮やかに刻まれし句。 風祈は深く目を閉じ、感じ入る。 ゆるゆると、穏やかな風の日のように。 筆が流れる。 その先の軌跡まで読める位静かな墨跡。 桜色の唇が句を紡ぐ。 “小春来る 背に暖かき 白銀よ“ ううむ、と観客たちが唸る。 「同じく冬の季語で返すとは……」 「直球には直球か……」 「長い夜を越えることができたのは、あなたのお陰です。朝霧様」
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