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「だからお願い。アンタ達を最後まで助けるから、次はアタシを手伝ってほしい」  環は両方の掌を顔の前で合わせ、頭を下げる。  風歌は目を瞑り、腕を組んでいる。  教会に風は流れない。  穏やかな闇が、二人の周囲を包んでいる。  そろそろと風歌の顔を盗み見ると、目が合った。  普段通りの、鋭い眼差し。 「…………明日もある、早いうちに休んでおいてくれ。私は周囲を見張る」  言い終わるや、風歌は屋根の穴に向かって跳躍し、見えなくなった。 「……解り辛いっつーの」  言いつつ、環の顔には微笑が浮かんでいる。  手近な長椅子に寝転がると、すぐ目を閉じる。  ひんやりとした感触は、すぐに気にならなくなった。  いい木を使っているようだ。  仄かな月明かりが、万人の為の家を優しく照らしている。  月は巡り、星は瞬く。  闇夜は、全てにおいて優しい。  そしてまた、月はさがり、星は隠れ、太陽が昇る。  教会を照らす光は陽光に代わった。  差し込む光もまた同じ。  生命の源たる光に交代し、眠る風一族の少女を暖かく包み込む。  風鳴の目が見開かれる。  瞼を破らんばかりの勢い。  それを超える速度で跳ね起きるや、礼拝堂の片隅に着地する。  陰に覆われた身体から徐々に緊張が解けていく。  暗がりの中、風鳴はその場にへたり込んだ。 「なんだこれ……」  体が勝手に反応していた。  あの光はまずい、よくないものだ、と。 「朝の体操?」  反射で、顔を上げていた。  形の良い鼻が、半ば自然にヒクつく。  今更気づいた、香ばしい匂いが漂い、風鳴の鼻腔に流れてきていた事。  陽光の下に環が立っている。  いつも通りの、赤を基調とした出で立ち。  抱えたお盆の上に、湯気立つ小さな杯が二つ載っている。  匂いの出所はそこかと、風鳴が注視した。  視線を感じて、円族の少女らしい柔らかい微笑を浮かべる。 「ああ、これ? 一緒に飲みましょう」  陰まで歩み寄ると、杯を一つ、風鳴に差し出す。  受け取るとそれは陶器製で、暖かいというより少し熱く、黒い液体で満たされていた。 「珈琲っていうのよ、高かったんだから」  珈琲、そういう名前の飲み物の面に、自分の顔が揺らいでいる。  黒色の緩やかな波紋で輪郭がぼけているのが、少し有難かった。  環はといえば、自分の分を口に含んでいて、「苦っ」と顔をしかめている。 「やっべ、煎り過ぎたかもしんない……」  珈琲に視線を戻すと、滑らかな水面が風鳴の顔を鮮明に映している。  香りのおかげか、気分は少し落ち着いている。  全身の強張りは、消えている。  杯を口に運び、傾ける。  流れ込んできた飲物は、薬草とも、猛獣の肝とも違う苦味で口と鼻を駆け抜けていく。  熱さでよりはっきりしたそれは、柔らかさの無い味。  僅かに眉を顰める。  厳しい風味は、嚥下した喉を越えてなお、僅かに跡を残していった。  自然と、僅かに口を開いて、吸って、鼻から空気を抜いていた。 「……美味しい」  これも、口をついて出ていた。 「え、そう? こういうのが好みなの?」 「……最近、血の臭いと味しかしなかったから」

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