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 ――そして今、全員客間で正座させられている。  先頭にはただ一人、白髪の中年。  族長代理の裁定を待つ罪人の如く、その背中は小さく見えた。  俯く父の姿を見下ろすのは、風香。  春の麗らかな日差しが降り注ぐ庭先とはうってかわって、客間に立ち込める冷気は、果たしてその場に居る全員の心の代弁なのか。 「族長、言うべき事があるのではなくて?」  冷気すら切り裂く、無温の声色。 「……」  沈黙。  怯えているのか、思慮に耽っているのか。 「……族長」  風香が声色の位を一つ下げた。  ささやかな変化。  環の全身が小さく震える。  強張った面持ちのまま、隣の姉妹に目配せする。  風歌、風鳴の二人に変化はない。  無表情、無動作のまま、正座している。  結局、環も二人に倣う事にした。  後ろの黒衣と岳磨についてはもう考えない事にする。  後ろの男ども(約一名正体不明の奴がいるが)よりも、目の前の顛末を見届けるのが重要だ。  もはや自分が被害者だった事も(然るべき報いを食らわせてやるのは織り込んでおくとして)とりあえず置いておく事にした。 「……やりました」 「?」  弱々しい呟き。  風香の目つきが険しくなる。  流れるような白銀の髪、そこから僅かに出ている狼の耳がピクリと動く。  言い訳だろうと何だろうと、聞き逃すまいと。 「……ムラムラしてやりました」 「……」 「だってェ、いい匂いがしたしィ、久しぶりの客人だし、しかも女の子だしィ……」  中年男はその場でくねくねと体を揺らしながら、湿った口調で言葉を紡いでゆく。  視線だけがぬるぬると、彷徨っている。  風一族というより行き場を失った厳冬のナメクジだ。  環の男を見る目、表情から色が消えていく。  瞼を閉じた。  なんかもう怒りを越えて視界に入れたくない。  姉妹も瞑目している。  二人そろって影と化すことに決めたようだ。  隣にいるのは理解できても、全く気配が感じ取れない。  それでも、僅かに二人と心が通じ合った気がした。  後はあの族長代理に任せよう。  クマさんから怒らせるなって言われてるし、実際すごく怖いし。  アタシは物言わぬ影。  二人も物言わぬ影。

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