屋上展望台の頂上は、走り回るには向いていない。 もしも機動力を活かすとなれば、降りながら戦う事になるだろう。 風鳴は漆黒の外套に身を包み、蹲ったまま動かない。 あれは開明から奪ったもので、日除けを目的としていると見るべきか。 以前は右眼だけだった赤光が、左眼からも放たれている。 「……神殿の時とは逆ね」 言葉に応えたのか。 一際、強く風が吹いた。 青一色だった空に、雲が流れ始めている。 瞬く間に陽光が遮られた。 風は吹き続けている。 漆黒が、立ち上がった。 背筋をピンと伸ばした、美しい立ち姿。 外套が、黒翼めいて、バサバサと翻る。 頭巾が風に負け、素顔が露になった。 風鳴の顔からは、色が消え失せていた。 もとより色白気味だった肌はもはや死面の如き、石膏の色。 ただただ一つだけ、血色に染まった瞳が主張している。 血を、溢れ尽きる事なき血を。 黒い外套の下の、旧時代の者と思われる戦闘服の上下は以前と変わらない。 風祈は、風一族に伝わる巫女装束に手甲。 純白の衣に浅葱色の袴が、うっすら輝きを放っている。 背には“欠けた月”が、少女の背を守る様に負われている。 白と黒。 紅と浅葱。 姉と妹。 お互い、構えない。 今、あなたは泣いているの? 笑っているの? 解らない。 感じられない。 死人か、さもなくば現象か。 “血の呪い”、いや禍という名の。 すっと、目を閉じる。 瞑目。 想い、そして目を開く。 断ち切ったのか。 それとも。 風祈の、この行動が読んだのか。 風鳴の唇が動いた。 「この者は、強い」 風鳴の口から、彼女の者でない声が放たれる。 「糧となる兵はいくらでもいたというのに、とうとう一滴も口に付けなかった。このまま耐えれば、飢えて果てるであろう」 一歩。 「そうはさせぬがな」 闇がゆらりと動いた。 また一歩。 呼応するかのように風も強く、また強く。 いつの間にか黒雲が天を覆っている。 今にも泣き、叫び出しそうだ。 風鳴が、“血の呪い”が陽光を厭い、呼び寄せたとでもいうのか。 光なき地、人型の漆黒を前にして、風祈もまた一歩。 静かな、確固たる足取り。 ぶれず、反らさず。 お互い、僅かな音すら立てない。 ぽつり。 一滴が、大地に落ちて、跡が消える。 降り出せば早く、意に介さぬと言わんばかりの豪雨に化けたところで、姉妹の足取りは止められない。 止まったとすれば、お互いが間合に入った時。 ぴたり。 風祈と風鳴。 手を伸ばせば抱きしめられる。 風鳴と風祈。 手を伸ばせば命を掻き切れる。 雨の世界を切り裂き、肉体は風となり閃く。
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