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物語の始まりはそう、だいたいが失恋をしたり、誰かにぶつかったり、逆境に立つ瞬間だったり、なす術の無い僕らだったり、あとは、銃を拾ったり。 これは今し方銃を拾った私の、何の変哲もない物語。 その日、相変わらず深夜残業でヘトヘトになった私は、駅から十分のところにある我が家に戻るところだった。こんな時間だというのに駅前のお店は酔っ払いで溢れていた。呑気なもんで良いですなぁ、と毒付きたくもなるが、咳をしても独り。 くさくさする気持ちから切り替えることもできず、駅から少し離れた道幅が広い割に妙に薄暗い道を私は歩いている。 私のようなか弱くうら若い女性が歩くような道ではないぞと思いながらも、社会人になってから早くも二年半、この道を毎日のように行ったり来たりしている。幸いにも今のところ危ない目に会ってはいないので、きっと今後も会うことはないだろうとたかを括っている。 だから、ここで拳銃なるものを見つけたのはもちろん偶然以外の何物でもない。見つけた時ももちろん玩具だろうと思った。 奴は、いつもの通い慣れた道にゴロンと裸のまま横たわっていた。 最初はそれを見つけてギョッとしたけれど、当然の如く私はそれを避けた。関わり合いにならないようにしようと思い見て見ぬふりをしようとした。 しかし、それは私を驚かせたという事実がなんだか癪に触った。 深夜残業で疲れていた。なんとなく腹立たしい気分でもあった。いうなれば、ムシャクシャカーッとなったと定義できるだろう。 だからこそ、私は道端に落ちていた拳銃を手に取った。 それから、狙いを定め、おもむろに拳銃の引金を引いてみた。 ズドン。 深夜の町に重厚かつ物騒な音が響き渡る。 私を驚かせたそれは、どうやら本物だったようだ。 拳銃の玩具だと思っていたから引き金を引いたのに。 それにしても、よくわからないけれど、拳銃というものは安全バーだとかなんだとかで簡単には撃つことはできない仕組みになっているのではないのだろうか。映画で観るとだいたいそうなっているじゃない。なんでそうなっていないのよ。拳銃のバカ。 しかし困ったことになった。撃っちゃったんだ、私は。撃っちゃったんだ。拳銃を。 拳銃で撃ってしまったという妙なテンションで気が動転していた私は、あろうことかその拳銃を我が家に持って帰ってしまった。 そうして、今に至る、という訳。 困った。実に困った。 しかし、おそらくあの時間のあの場所に他に誰かがいたとは思いにくいので、まずバレることはないだろう。 きっとバレることはないかもしれないけれど、万に一つという可能性があるので、安心はできない。 何せ、本物だとは知らなかったとはいえ拳銃で撃ってしまった。 このまま交番にでも出頭しようかとも思ったけれど、仮に逮捕などされることがあったら大変だと思い、それは思い留まった。 さて、どうしよう。私は思った。 そうだ、知らん顔をしよう。私は思った。 私以外、私のしたことを誰も知らない。 こんな人畜無害が着飾って歩くような私が、拳銃を撃ったなんてことを隣人が知る筈もない。 それならば無かったことにするのが一番。 うん、そうだ。それが最善策であり安パイだ。 そう思った矢先、突如として部屋のチャイムが鳴る。 私はドキッとして心臓が止まりそうになった。刑事さんが来たのかもしれない。日本の警察は優秀だと聞いた。誰から聞いたかはよくわからないけれど。 私は恐る恐る玄関へと歩く。 抜き足差し足忍び足。あとは決して立ててはいけない。音を立てればやられる。メタルギアソリッドで鍛えた私のステルス術をとくとご覧遊ばせ。 そうして、ドアの外を覗くところ——あれ、なんて名前なんだろ?覗き穴で良いの?——を静かにズラす。 そこで私は安堵のため息を吐く。 ふー。 そのチャイムは私のルームシェアの相手のものだった。 しかし、もし仮に私がホラーゲーム世界の住人ならば、鋏男にやられていたところかもしれないと自分の迂闊さを呪う。 そんな迂闊な私を超える迂闊さを発揮するルームメイトの話を聞いてみたら、どうやら鍵を忘れてしまったので部屋に入れなかったということだった。 彼女は今日朝寝坊して、ドタバタのまま家を飛び出して行ったので、鍵を忘れるなどというチープな失敗をするということもあるだろうと私は納得する。 それから、彼女を速やかに家に入れ戸締りをしっかりとする。鋏男と警察の厄介にはならないぞと、静かに心に誓う。 さて、それから私は彼女に何か飲むかと尋ねた。迂闊だとしても優しさの塊のような私。 一方で、彼女は「コーヒーが飲みたい」と、まさかの厚かましさでそういうことを言う。 「いいよ、いいよ。私がいれるよ」などという甘い展開を期待してはいけない。何せ彼女は鍵と優しさを忘れた女だ。 そこで彼女が動きを止める。 私が隠すこともなく臆面もなく床に置きっ放しにしていた拳銃に目を奪われていた。 私は口から心臓と胃下垂がマジで飛び出す五秒前で、思考回路は概ねショート寸前だった。 「どうしたの、この拳銃。玩具にしてはよくできているね」と彼女は言ったかと思うと、その流れのまま拳銃に手を伸ばす。 私はどうしようもなく曖昧に、かつ、小刻みに肯く。 こういうオモチャの人形あったよななどとどうでも良いことを思い付く。 そこで彼女は拳銃をこめかみに持っていく。 映画とかでよくあるやつだね。こうやってズドンなんてさと言いながら、彼女は引いてしまった。引金を。いとも容易く。 ズドンなんて言った彼女の頭に、ズドンという重厚かつ物騒な音が響く。 あぁ、どうしよう。 死体が二つになった。

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