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目の前に突きつけられた三行半。 結婚するときの紙は茶色で、テレビでよく観る紙は緑色。 あぁ、これがその緑色の現物になる訳かと俺はボンヤリとした頭で考えた。 今までも薄々気付いてはいたんだ。 妻の態度がやたらと余所余所しくなったとか、ご飯を作ってくれなくなったとか、一緒の洗濯機で洗わなくなったとか、話をしてくれなくなったとか、既読どころか未読スルーし出したとか、そういうところで勘の良い俺は薄々気付いてはいたんだ。 勘の良い俺はね。 だから、正直、この状況をそこまで驚くことができない自分がいるんだ。 妻からしたら最初で最後のサプライズのつもりだったのだろうけれど、その期待には応えられずに申し訳ないなと俺は思っている。 いや、それでもだ。それにしたって、あんまりじゃないか。 俺が何をしたっていうんだ。 いや、正確には何もしなかったのが問題なのだろうが。 勘の良い俺からしたら、それくらい言われなくともお見通しなのだ。 そうして、この緑色の紙切れを見やる。 「面倒くさがりなあなたのために、あなたの名前も書いておいたから」と妻は言う。 これであなたの名前を見るのも最後ねと妻は続ける。 さすがは俺のことをよくわかっている女性だと思う。 確かに、俺ならば書くのが面倒だという理由でそのまま一日二日どころか平気で一週間一ヶ月と放置しかねない。離婚が嫌だどうだというよりもペンを持つのが億劫だ。 「はい、判子」と妻が判子を持ってくる。本当にどうしてここまでやらないといけないのよとブツブツと文句を言っている。 いや、それでもだ。それにしたって、あんまりじゃないか。 俺の名前は「田中一朗」であって「佐藤次郎」ではない。 そういえば、今思えば、妻はずっと「ジロ」と呼んでいたな。 あれは俺のことを呼んでいたのか。 勘の良い俺だけど、それには気付けず申し訳ないことをしたな。

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