短編集「ショート/オブ/ショート」
あの素晴らしい焼きうどんをもう一度

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「最後に食べるとしたら、か。そうだな……あぁ、アレだ。死んだばぁちゃんの飯が食いてぇなぁ……」 最後の晩餐で食べるならば何が良いか?と問われた。 何でも良いから言ってみろ、と。 他愛もないやり取りだったので、俺は実現できるか否かなど気にせず答えた。最後の晩餐だなんて、そもそもが現実的ではないんだ。人はいつ死ぬかなんてわからない。自分が死ぬ瞬間を知っている人物以外には。 「あぁ、田舎のばあちゃんの手料理な。俺も恋しくなることがあるよ」 彼のおばあは青パパイヤの炒め物が得意料理だったらしく、こっちに出てからはその味に出逢うことができないので寂しいということだった。 「俺のばぁちゃんの思い出は、焼きうどんだな。おふくろにはナイショだぞと言いながら作ってくれたんだ。四六時中腹が減っていたような食べ盛りの頃の話でな。それが一等ご馳走だったんだよな」 「あぁ、それは旨そうだ」 彼はそう言うと二言三言交わしてから、再び仕事に戻って行った。 その夜、俺は夢を見た。 俺が学生時代の頃の夢だ。 ばぁちゃんがまだ生きている。 ばぁちゃんは「また腹が減ったんかい。おかあには内緒だで」と言いながら、フライパンでジュージューとうどんを炒めていた。 醤油と肉の絡まる匂いが香って来る。仕上げの鰹節が余計に食欲を唆る。 「ありがとな、ばぁちゃん。いただき」 「これ、『ます』までちゃんと言いなんせ。せっかちはあかんでよ」 ばぁちゃんの焼きうどんは、それはそれは旨かった。 その夜、俺は久方ぶりに泣いた。 「どうだ、奴の具合は」 「はっ。心拍及び呼吸は順調に停止に向かっております」 「そうか……寝ている間に薬で死ぬことを知っているというのは、一体どういう気分なんだろうな」 「それこそが罪を犯した者の罰であります」 「ふっ……それはそうなんだがな。なぁ、お前なら最後に何を食べたい」 「私でありますか。私は、特大の極上のステーキであります」 「若いな」 翌朝、俺は目を覚ます。 「なんね、お前さんは。生きるのもせっかちかい。こっちに来るのは早過ぎるだろうに。まったく困った小僧だよ。ほれ、焼きうどんでも食いなんせ」

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