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「ほら、これからは大人の時間。たっくんはもうネンネの時間」 ママはよくボクを寝かす前にこんなことを言う。 ボクはいつも「大人の時間」ってなんだろうって思う。 寝たフリをして、いつか「大人の時間」の秘密を暴いてやるんだと思っているのだけれど、いつもいつの間にやら目が閉じて、朝までぐっすり眠っちゃう。 でも、遂に今日は「大人の時間」を味わえることになりそう。 なんたって、今日はたっくさんお昼寝をしちゃったからまだまだ全然眠くない。 でも、ママは今日も「大人の時間。ネンネの時間」と言って、ボクをお布団に連れて行く。 「よし、今日こそは」とボクは思い、お布団の中でこっそり寝たフリをする。ボクが目を閉じるフリをすると、ママは静かにドアを閉めて、パパのいるリビングへと向かった。 ボクはママがあんまりにも簡単に騙されるものだから、ママに気付かれないようにクスクスと小さい声で笑った。 ママがリビングに行ってからすぐにボクも行ったら、きっとまた寝かされちゃうので、少しだけお布団の中で我慢する。 一分が過ぎ、二分が過ぎ、三分、四分と時間が過ぎる。時計の音がコチコチと時を刻む。ボクは少しずつ大人の時間に近付いているのがわかる。 そして、だいたい十分が過ぎた頃、ボクは意を決して大人時間に突入することにした。 布団から出て、暗い廊下を歩いて、リビングまで数歩の距離。 リビングからはオレンジ色の灯りが漏れている。 そこには、ママとパパがいるはずだ。 ガチャリ。ボクはリビングのドアを開ける。 「なんだ、タツヤ。夕飯も食べずに寝てたのか。部活で疲れたか」 パパがボクに話かける。 タツヤなんて怒られた時みたいな呼び方でドキドキする。 でも、ボクはもう夕飯は食べたはず。 それに「ブカツ」ってなんだろう。 「あら、タツヤ。おそよう。今日はトンカツなのよ。チンするわね」 ママもタツヤとボクのことを呼ぶ。二人ともどうしちゃったんだろう。 それに、「おそよう」ってなんだろう。おかしいの。 「ママ、パパ。どうしたの、タツヤなんて」 ママもパパも二人で顔を見合わせて、きょとんとした顔をする。 「おいおい、タツヤ。パパだなんて、今日はどうした」とパパが言う。 「あらあら、タツヤ。ママだなんて、久しぶりね」とママが言う。 あれ、おかしいな。ボクはいつもママとパパって呼んでるんだけどな。 ボクはそう思っていると、そういえばとパパが言った。 「そういえば、昔、タツヤが”大人の時間”が気になると言って起きてきたことがあったな」 「そうねぇ。その時のタツヤは妙に大人びていたわね。大人の時間だから大人の真似事をしていたのかしら」 やっぱり今は「大人の時間」なんだとボクは思った。「大人の時間」に起きちゃったから、ボクは「大人」になっちゃったんだ。 どうしよう。このままボクは「子どもの時間」に戻れなかったら。どうしよう。 なんだか悲しくなってきちゃったよ。なんだか寂しくなってきちゃったよ。なんだか不安になってきちゃったよ。なんだか怖くなってきちゃったよ。 うわーん。 ボクはたまらず泣き出した。 「おいおい、どうした、どうした」とパパが慌てる。 「あらあら、どうしたの。タツヤ。疲れちゃったのかしら」とママが心配する。 違うの。ボク、大人のタツヤじゃないの。まだまだ小さいたっくんなの。たっくんは本当はネンネしてなきゃいけなかったんだ。たっくんは「大人の時間」を味わっちゃいけなかったんだ。 うわーん、うわーん。 ボクはどうしたら良いかわからず、泣いていた。 うわーん、うわーん。 そうしたら、ママがやってきた。 「あらあら、たっくん。どうしたの。怖い夢でも見ちゃったかな」 「どうした、どうした。何か怖いことでもあったのか」 パパものっそりやってきた。 ボクはきょとんとしてママとパパの顔を見比べる。 「ふふ。寝ぼけちゃったんだな」とパパが言う。 「少し、あったかいミルクでも飲もうか。作ってあげるよ」とママが言う。 あれ、「大人の時間」はどこにいっちゃったんだろう。ボクはリビングにいたはずなのに、今はボクの布団の上。 あぁ、でも、良かった。ボクはまだちっちゃいままだ。

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