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 16歳。高校一年のクリスマス。去年のクリスマス。  俺は、サンタクロースに出逢った。 「サンタに会った」などと言えば笑い者になるに決まっている。  だから、サンタに会った夜の話など誰にもしたことはない。  今年こそ彼女を作るぞ、と意気込んでいる中学からの男友達——ミツル、タクヤ、ショウゴ——にも知られていない俺だけの秘密だ。  ちなみに、今年こそ彼女ができた奴は一人もいない。  12/7の火曜日。晴れ。  12月に入った途端に寒さは一段と増した。地球もカレンダーを意識しているのではないかと思うような気温が連日続いている。その中でも今日は特に寒い。数分も外にいれば、手足がじんじんと痛みを訴えかける。  自転車通学の俺は、いつも通りダウンジャケットを羽織り、手袋を装着する。今日はホッカイロも靴底に忍ばせた。それでも耳の冷えを回避することはできない。姉からは「帽子をすれば良いのに」と言われるのだが、せっかくワックスで決めた髪型が崩れることこそ一大事であることを知ってほしい。髪型が決まらない日が一日ブルーになるのは、何も女子だけの特権ではない。 「あぁ、さみぃ……」  学校の自転車置き場は地下にあり、コンクリートで囲まれた空間は見た目からして寒々しい。教室どころか学校中の全ての空間に暖房を付けてほしい。冷えが若者の大敵であると偉い政治家の皆さんには、強く認識してほしいところだ。  そんなことを思いながら自転車を置いて鍵を掛けていると、隣にトナカイが停まった。  エッ。いやまさか、そんなことがあり得るのかと思い隣を見る。  当然のことながら、トナカイなどいなかった。そこにいたのは、赤色の自転車にまたがった女子だけだった。 「……おはよ」  マフラーに口元が埋まっていることもあってか、くぐもった音が聞こえる。  どうやら同じクラスの柊アヤメであった。  同じクラスだということ以外に接点はないので詳しい情報は持ち合わせていないが、男子からは意外と人気の女子のはずだ。ショートだかボブだかという髪型に少し小柄な身長。それでいて、意外と胸は大きい……ような気がする。外見だけで言えば、好みのタイプだ。しかし、俺からすれば少し覇気にかけるダウナー系の女子という印象しかない。ただ、成績は学年でもトップクラスだということだけは嫌というほど知っている。何せ俺はどういうことか考課の順位で毎回、柊の真下に位置付けている。柊アヤメ、蕪木シンタ。自分の名前を探せば、どうしたって柊の名前が目に入って来る。  その柊が自転車を降りる瞬間、スカートがフワッとめくり上がった。  鍵を掛けていた途中で腰を曲げていたこともあり、フワリとめくれたスカートの下が見えた——ような気がした。正直にラッキーだと思った。 「ふーん。これがラッキースケベってやつ?」  柊は何事もなかったように言い去る。  ドキドキとした胸の高鳴りが、耳の冷たさをより実感させた。  12/7の放課後のこと。  やる気のない幽霊部員である俺は、当たり前のように部活に向かう奴等を横目に、地下の自転車置き場へと向かう。冬の短い日照時間のおかげで、朝と同じく寒々しい。ここは外界に比べても1-2度は気温が低いはずだ。コンクリートに囲まれた薄暗い空間に立つと同時に、今朝、トナカイを見た場所だということを思い出す。今の今まで忘れていた理由として、今朝のラッキーが大きかったことは言うまでもない。  自転車置き場にはチラホラと空きはあるものの、まだ自転車がたくさんある。校舎内に多くの生徒が残っていることがわかる。だが、自転車置き場はいつだってやたらと静かで人と会うことも少ない。  その空間に、シルエットの大きめな青い服を着た人物が立っていた。  今朝方、ラッキースケベをもたらしてくれた柊アヤメだった。  柊は俺をジッと見つめているようだ。  教室に忘れ物を取りに帰るフリをするべきかと思った。ラッキースケベについて因縁を付けられてもたまらない。だが、どうしてだかここで踵を返してはいけないような気がした。「ラッキースケベ」と軽く言い放つような女子に負けてなるものか。そのような気持ちがあったのかもしれない。もしかしたら、それ以上のことを期待していたのかもしれない。いずれにせよ、あくまで平静を装い、柊を軽くいなすことを目指した。 「何、その服。バイトの服? もしくは、コスプレ?」  言ってやった。柊は気の早いサンタコスチュームだった。赤色ではなく青色というのが珍しい。何よりも、柊がそういう服を着るとは思っていなかったので、かなりのレア度だ。男子の人気者である柊によるコスプレ姿を拝めたのは、なかなか嬉しい。 「バイト……みたいなもんかな」 「ふーん。そっか」  じゃ、と自転車に鍵を掛け颯爽と去る。あくまで動じない渋い男を演じた。決まった。  ——と思っていた。だが、それはどうやら俺の勘違いだった。  柊が後部のリアキャリアにちょこんと乗っていた。禁止されている二人乗りの状態だ。 「え、っと……柊、さん……? どうした……?」 「あれ? 思い出さないの。覚えてない? 去年のクリスマスの夜のこと」  去年のクリスマス。サンタクロースに出逢ったクリスマス。誰にも言ってはいないあの日の出来事。 「ほら、もっとよく見てよ」  柊がリアキャリアを降りて、目の前に現れる。  青色の服。青色の帽子。少し短めのスカート。今朝のラッキースケベ。  ——マジか。 「思い出した?」と柊がニヤリと笑う。 「お前……あの時のサンタ、クロース……なの?」  ご名答ともハズレとも言わずに、柊はふふふと笑い、再びリアキャリアに乗る。ミツルでもタクヤでもショウゴでもない重みを後ろに感じる。女子の軽さと存在の重さを実感する。 「よし、じゃあ、行こうか」  柊が軽々言うと、隣に置いてある赤色の自転車がトナカイへと変化した。柊が乗ってきたやつだ。それどころか、俺の自転車もトナカイへと変わる。さらに、俺と柊はいつの間にかソリに乗っていた。俺の手はサドルではなく、手綱を握っている。 「……マジかよ」 「マジだよ」  後方は薄暗いコンクリートの自転車置き場だが、目の前には雪景色が広がっている。俺はもう一度「マジかよ」と呟く。「これ、どうすりゃいいのよ……?」 「進めばいいと思うよ」 「どこに行くのよ……?」 「行けばわかるさ。迷わず行けよ!」  柊はずっとニヤニヤと笑っている。  狐か狸に化かされているのではないかと思う。あの柊がこんなことをする訳がない。狐か狸ならばまだ良い。これは幽霊や妖怪などそういった類かもしれない。  その思考を読み取られたように柊が口を開く。 「わかるよー。不安だし心配だよね。でも、大丈夫。私が着いてるから」  俺は柊のことを詳しく知らない。男子に意外と人気の成績優秀なダウナー系の女子。それ以上でもそれ以下でもない。「私が着いているから」といって何が大丈夫なのだ。彼女とサンタとの繋がりなどわかりようがない。 「柊はさ、サンタさん、のなんなの……?」 「サンタさんだって。言い方、かわいいね」  顔がカッと赤くなる。今朝と同じように冷えた耳の感触をより強く実感する。 「……サンタクロースとどういう関係なの?」  ふふふと笑う柊は、ダウナー系というよりも落ち着いた大人の女性のようだった。 「日本支社関東支部の元締め……みたいなもん、かな?」  どうやらサンタクロースはチェーン展開しているようだ。 「サンタも忙しいからね。一日で世界を廻るにはさ、時差があったとしてもさすがに時間が足りないのよ。いくら時間の流れをゆっくりにしたとしても、ね」  時間の流れ。そういえば、クリスマスイブの夜はいつもよりも時間を長く感じていた。普段は一度寝れば目が覚めることなどないけれど、毎年クリスマスイブの夜だけは深夜に目が覚める。クリスマスイブということで気分が昂揚しているからだと思っていたのだが、どうやらそれだけではないようだ。 「蕪木くんは、その時間の流れの影響を受けにくい体質みたいなんだよね。私もそうなんだけど。そういう人が、サンタクローズに選抜される、ってわけ」 「サンタ、クローズ……?」 「そう、サンタクローズ。クローズというのはさ、複数形の意味にもなるし、英語では契約って意味もあるんだってさ。ダブルミーニング。駄洒落かよ、って感じだけどね」  いたずらを楽しむ妖精のように笑う柊の顔が、俺のすぐ横にある。なんだか気恥ずかしくて直視できない。 「だから」と柊が続ける。顔が近い。柊の息を感じるほどの距離だ。「蕪木くんにも手伝ってもらいたんだ」 「手伝う……」 「そう、私たちサンタクローズのお仕事を。あ、バイト代はなかなか高いから期待して良いよ」  柊は俺の顔をじっと見つめる。そんな目で見られて、Noと言える男子が未だかつていただろうか。柊が手を差し出した。「ラッキースケベ」と言われたその時から、彼女のことが気になっていたのだろう。俺は手綱から手を放し、その掌を握り返していた。 「ようこそ、サンタクローズへ」  柊がニシシと笑う。  17歳。高校二年。女子と初めて過ごすクリスマス。  手綱を握りしめると、柊と共に乗ったソリが走り出した。  どうやら今年のクリスマスイブは忙しくなりそうだ。

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