短編集「ショート/オブ/ショート」
その男、本体はメガネにつき

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本体は眼鏡。 あまりにも眼鏡が似合っている男が言われる言葉。あまりにも眼鏡以外に褒める箇所のない男への暴言。 そんな私は自他共に認める「ホンタイガメガネ星人」である。つまり、眼鏡を取った残りの99.5%こそがアクセサリーということになる。 もちろんそんなことはないのだが、もはや自分ですら眼鏡がなければ自分じゃないのという気分に陥っているくらいには、眼鏡が本体である。 例えば、去年の冬に友人らとスノボに出掛けた時の話で神話レベルのとある逸話がある。 スノボをするということで、さすがに眼鏡が本体な私でも「コンタクトレンズ」という世にも奇妙な異物を体の中に装着していた。 言うなれば、No本体状態である。 そんな中で、私たちは思い思いに滑っていた。そして、集まろうと約束していた時間になったため、集合場所であったロッジにて遅い昼食を取ろうとしたその時のことだ。 私は友人Aを見つけたので、「おう」と声を掛けた。 しかし、その友人Aは素知らぬ顔。 私は再度「おう」と声を掛ける。 今度は完全に目を逸らす友人A。 おいおいなんだよと思っていたところに友人Bが登場する。 「おう」と挨拶する友人B。 「おう」と応答する友人Aと私。 そこで「えええ」と謎の混乱をする友人A。 「え、お前だったのかよ。眼鏡がなかったから気付かなかった」と距離にして30cm物差しくらいしかない中で友人Aに言われた時の私の気持ちを4文字以内で答えよ。 切ない。 それくらいには本体が眼鏡と言える私である。 そんな私は当然お洒落で眼鏡をしている訳ではない。生きるために眼鏡をしているのだ。 視力は0.0Xという謎の数値を記録し、かつ、乱視入り。 「目の悪さのミルフィーユやぁ」と脳内再生してしまいそうな気持ちになる。 ちなみに、この状態を目の良い方はよくわからないと思うので簡単に解説をしておこう。 まず、光を見るとかつて流行ったトレンディードラマよろしくあのような感じでキラキラしつつも全てがボヤッとしか見えません。これで街中を歩こうものならば、車に轢かれて即あの世行きです。 例えば、旅行で露天風呂などに入る際に眼鏡を付けなければ湯気と熱気で目の前はほぼホワイトアウトの状態です。これで走ろうものならば、転んで即あの世行きです。 要するに、眼鏡を外すという行為それ自体で、常に生きるか死ぬかの瀬戸際へと変貌する訳です。 そんな私が仕事が遅くなり小雨降る中、傘を差しながら帰路を歩んでおりました。深夜1時頃だったのではないでしょうか。 そうして疲れた体を運んでいたところ、突然に眼鏡が顔からずり落ちました。 拾おうと思った私ですが、如何せん疲れていたのでしょう。私はあろうことかつんのめり、眼鏡を踏んづけてしまったのです。あの本体である眼鏡を。命と同等の価値を誇るあのお眼鏡様を。あろうことか、踏んづけてしまったのです。 嫌な音がしました。それはそれは大変嫌な音でした。 本体がご逝去なされました。享年7歳と半年といったところでしょうか。 会社に予備眼鏡が1つあります。しかし、会社は遠い。 家に眼鏡が5つあります。しかし、家は今から帰る場所。 バッグの中にいつもなら予備が1つあるはずでした。 しかし、今日に限ってはバッグを変えていたため、予備眼鏡、いえ、マリオのような予備本体がありませんでした。 これは、つまりゲームオーバーのフラグです。 状況を整理しましょう。 眼鏡様がいなくなった目の前には、漆黒とも言えるのではないかと思えるくらいの暗闇。空からは凍てつく心をさらに追い討ちをかけるかのような冷ややかな雨。持ち物は濡れた鞄と壊れた本体。そして、アクセサリーのような身体。 困りました。見えません。何も、見えません。私の目は節穴のようです。 選択肢は私に残された3つでした。 1. 野宿する 2. 人生を諦める 3. 敢えて困難な道を選ぶサバンナの戦士のように勇敢に帰宅を決行する 迷いました。 ここをキャンプ地とすると言いたくもなりました。 予備マリオがいない私は瞬間的に自暴自棄にもなりました。 しかし、ここで負けてはいけないと奮起し、私は最も困難な道を選ぶことにしたのです。 そう、「帰宅」です。 頭の中では、RPG調の音楽すら流れ始めました。オープニングやはじまりの街のような華やかさや長閑さとは皆無と言える毒々しい音楽でした。 歩く毎に気力と体力が奪われるかのような雰囲気すら漂っていました。 しかし、私は進むしかありません。 何故ならば、私は勇者だから。勇者メガネだから。などと気持ちを高揚させたりもしました。 結論としては、私は慎重に慎重を重ねることでどうにか帰宅することはできたのです。 それでも、その夜はどうにも変な人が多かったように思います。 まず、この雨だというのに道端にしゃがみ込んでいる若者がいたのです。私はあまりにも目が悪かったこともあり、その若者に気づくことに遅れました。 そして、私が何も気付かずにその横を通り過ぎようとしたところ、その3秒後くらいに「あ、ちょ、ちょっと。ちょっと。あ、お兄さん。ねぇ、ねぇ。あ、いや、あ。のっぺら」という声が聞こえてきました。のっぺらとはなんでしょうか。 私は一応声を掛けられたので振り返りはしたのですが、どうにも目が悪く、その人の顔をぼんやりとしか見ることはできず、目も鼻も口もあったのかどうかすらもわからないくらいに目が悪かったため、私はハテナと思いつつも、この近くで知り合いがいる訳もないだろうと思い気にせず歩くことにしました。 そして、今度は曲がり角に辿り着いた時です。またしてもいきなり声を掛けられました。 「私、綺麗」というようなことを言っていたように思います。 こんな時間に酔っ払いに絡まれるとは、やれやれという具合ではあります。 当然に目が悪い私はなんともよく見えませんでしたが、酔っ払い相手に真剣になる必要もないだろうと思いパッと見の印象を答えてあげました。 「ちょっと口紅塗りすぎなんじゃないですかね」

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