雪那が下僕……じゃなかった、早来伊吹を引き連れてやってきた。 七樹が私をかばうように立つ。 天が、人が許しても、俺は貴様を許さんって感じだ。 早来伊吹の眼光も鋭くなってゆく。 そらもう、不倶戴天の敵だからね。仕方ないね。 「いがみ合わない。山田も早来も」 でっけーため息を吐いた雪那が、べしべしと男どもの頭を叩いた。 下目づかいに、座れとか命令してる。 さすがです姐御。 でもいちおー七樹はあっしの彼氏なんで、犬みたいな扱いは勘弁してやってくれませんかねえ。 「そもそも、なんであんたらそんなに仲悪いのよ」 ご下問だ。 まあ、普通は不思議に思うよね。 初対面のはずなんだもん。 なのに転校初日からトラブってるし。 「こいつは、自分の女を俺に奪われたから恨んでるのさ」 ふ、と唇を歪める早来伊吹。 ネトラレ男のレッテルを七樹に貼るな。 「女て。四歳とか五歳とかじゃん。なに頭おかしいこと言ってんだろうね」 私は肩をすくめてみせた。 こっちは、ロリコンのレッテルを貼ってやろう。 「意味わからないから」 雪那が頭を抱える。 そりゃそーだ。 だって、ちゃんと説明しようと思ったら、前世がどうこうって話になっちゃうんだもん。 無理っしょ。それは。 「ぶっちゃけ、たいした因縁じゃない。三石」 苦笑するのは七樹だ。 ただ単純に、早来伊吹が私にちょっかいをかけようとしたから怒っただけなのだと説明する。 「恋人に言い寄ってきた男を、へらへら笑って許してやるほど、俺は人間ができていないってだけの話だな」 「なるほどね。そりゃ許せないわな」 雪那がうむと頷いた。 「まずは早来が悪いね」 そして厳かに裁定がくだされた。 「ぐ……」 言葉に詰まる早来伊吹。 彼としても、前世が云々って話はできないだろうからね。 もしかしたら警察でそういうことを言っちゃって絞られたかもしれないし。 なにしろ警察機構ってのは、オカルトを肯定してくれる場所じゃない。 「でも、初対面で美咲が山田の彼女だなんて判るわけがないってのも事実だよね」 げ。 こっちに矛先が向いた。 「そもそも二人が付き合ってるなんて、誰も知らなかったわけだし」 ですよね。 なにしろその時点では、まだ付き合ってませんでしたし。 ややこしくなるから言わないけどね。 「なんにも知らない早来が美咲に声をかけても仕方ないよね。で、けんか腰に山田が手を払いのけたら、そりゃトラブルになるわな」 「うぐ……」 今度は七樹が詰まる。 こういう言い回しをされたら、正義は我にありとはなかなか主張できない。 「落としどころはそのへんだね」 「…………」 「…………」 「んー? 聞こえてなかった? 早来に山田」 にこにこと笑う。 怖いっす。姐御。 彼女は言外に語っているのである。それぞれ悪い点があったんだから、謝罪して手打ちにしろ、と。 「落としどころは言ったよね?」 「……すまなかったな……」 「……いや。こっちこそ……」 素戔嗚尊と八岐大蛇が和解した瞬間である。 歴史的な快挙といっていいだろう。 もっのすげー嫌そうな顔だったけど。 握手しろとかいわれなくて良かったね! 「これは失礼を承知できくんだけどさ。一目惚れするほど美咲ってかわいい?」 「ホントに失礼だな!」 雪那に裏拳ツッコミをお見舞いする。 どんだけ正直やねん。 そりゃあ私はあんたみたいに美人じゃないけどさ。 「ごめごめ。リア充っぷりに嫉妬しただけだからきにすんな」 「リア充かな?」 「そりゃあ、金持ち彼氏いるんだからリア充っしょ」 「俺の価値って、金だけか?」 七樹がぐちぐちいってる。 お金は大事だよ? これがないと生きていくのも大変なんだからね。 「……一目惚れ、だった」 ぽつり、と、早来伊吹が口を開いた。 過去形かよ。 こいつも失礼なやっちゃなー。 「俺は奪うことしか、壊すことしかできない男だ……」 なにいってんだ? 「それを繰り返すのか、という話だ。早来」 七樹が返す。 ああ。なるほど、そういうことね。 過去に対する述懐だろう。 クシナダに一目惚れし、ヤマタノオロチを殺してまで略奪したのに、すぐに壊してしまった。 私には記憶が戻っていないけど、そーとー無茶なことをしたんじゃないかなー。 七樹からきいたところによると、スサノオとクシナダの間には、子供は一人しかいないらしいし。 この場合は一柱? どっちにしても、これはすごく少ない。 神話時代まで遡らなくたって、たとえば昭和のなかごろくらいまでは子供は三、四人いても全然不思議じゃなかったからね。 まだちゃんと身体ができていないのに、むりやり産ませたか。それともプレイの一環としてそういうことをさせて殺しちゃったか。 ろくなもんじゃないよね。 「…………」 早来伊吹が黙り込む。 痛いところを突かれたように。 「てい!」 雪那の手刀が、ずびし、とおでこに炸裂した。 「んが!?」 「判ってんなら直す! 壊すことしかできない男だよぉぉん、じゃねえんだよ!」 「よおおんは、言ってない……」 「あぁん?」 「あ、いえ。すいません……」 一睨みで黙らされた。 これは雪那が強いのか、それとも早来伊吹が弱いのか。 両方だな。きっと。 「なんともおかしげな事態になってしまいましたね」 微妙な表情を安藤氏が浮かべた。 美髭が困ったように揺れている。 「俺としても予想外だ」 正対した七樹が腕を組む。 何度か顔を合わせた喫茶店である。 私たちとスサノオが中途半端な修好状態になってしまたことを報告するため、本日は安藤氏を呼び出したのだ。 「先日の一件いらい、彼の荒神どのはおとなしいものです。このまま何事もなく過ごすのであれば、あえて討伐する必要はないのですが」 肩をすくめてみせる。 神々にとっては、人間の一生などあっという間らしい。 人間に転生している以上、寿命はせいぜい八十年か九十年。 それが終われば魂は高天原に帰還する。 気分的には、ちょっとした散策くらいなもの。 主神級があんまりこういうことをするのは良くないっぽいんだけど、べつに高天原はスサノオがいなくても困らない。 厄介者だから。 むしろいない方が清々する、みたいな。 ちょっと可哀想なやつなのである。 「問題は、あれがいつまでおとなしくしているかって部分だな」 「そこですよね……」 男二人がうんうん唸ってる姿は、あんまり絵にならない。 いくらイケメンでもね。 現状、取れる手段はふたつ。 静観するか、おとなしくなっている今こそがチャンスと討伐しちゃうか。 じつは後者はおっかない。 虎の尻尾を踏んじゃうかもしれないから。 前にも言ったけど、ヤマタノオロチよりスサノオの方が強いのだ。 ていうか、一応あいつって日本神話最強っぽいんだよね。 「七樹さんが負けてしまうと、取れる手段がほとんどなくなってしまうんですよね」 「たとえばさ、安藤さん。日本神話以外の神様に頼むとかできないの?」 ふと思いついて提案してみる。 そういう存在がいるみたいなことは言ってたし。 北海道に。 コネクション的なものがあるなら、なんか活路が見出せるかも。 「じつは東京にも転生者は住んでおります。私が懇意にさせてもらっている方なら、彼の荒神どのとも充分にやり合えるでしょう」 ですが、と付け加える安藤氏。 まともに戦ったら大変なことになっちゃうそうだ。 その人は仏教の神様で、闘神だから。 主神級が正面からぶつかったりしたら、大怪獣大激突みたいなことになっちゃうんだって。ちょっと怖すぎる。 「となれば、静観しかないだろうな」 あっさりと七樹が引き下がってみせる。 私としては、どんな神様なのか、ちょっと興味あったけどね。 好奇心は猫を殺すっていうし、詮索はしないでおこう。 「ですね。様子を見つつ、もし彼が暴走するようなら殺る、と」 「物騒な話だけどな」 安藤氏と七樹がシニカルな笑みを交わし合った。
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