なんというか、雪那は頼りになる女だった。 イケメン戦争に興味をもったクラスメイトたちを上手くあしらい、ちょっかいをかけてくる早来伊吹を追い払い、私を守ってくれる。 ぶっちゃけ七樹より頼もしいくらい。 そりゃあ君臨もするよ。 ほんとにカリスマあるもん。 正しくリーダーなんだよね。肩書きとかじゃなくて態度や行動が。 私だって、姐御ーって慕っちゃいたい。 むしろ雪那が男だった間違いなく惚れてるね。 抱いて! って感じ。 「そういうことを、恋人の前で言うかね? 美咲さんや」 何ともいえない表情を七樹が浮かべた。 昼休みである。 私と雪那の席に七樹がやってきた。手ぶらで! いやまあ、こいつが昼を食べていないのは周知の事実だし、じつは食べる必要がないのだと今の私は知っている。 知ってるけどね? 何も食ってないやつが目の前にいたら、私だって食いづらいんだよ? 「く……私の弁当をつまんでもいいから……」 血を吐く思いで提案してやる。 「いやあ。もったいぶるほどたいしたものも入ってないじゃん」 くすくすと笑う雪那。 おまっ! 母子家庭なめんなよ! 貧乏なんだよ! 半額品とかをうまくやりくりして、私が毎朝つくってんだよ! がるるる、と威嚇する私の横から、雪那が自分の弁当を差し出した。 「ウチのも食いな。ひとつの弁当を二人で分けるよりは、ふたつの弁当を三人で分けた方が取り分はでかいだろ」 そんな台詞とともに。 なにこのイケメン。 「ステキ……」 「抱いて……」 ぽわわーんとする私と七樹。 「おちつけ。このバカップル」 ともあれ、七樹がお昼ご飯を食べないってのは、ちょっとばかり体裁が悪いのも事実だったりする。 いっそ昼休みはどっかに消えていてくれればいいのに。 「ひどいな。おまえは本当に俺の恋人なのか? 美咲」 「じつは本当に恋人なんだよ。七樹」 「飯を食うときくらい漫才をやめられないの? あんたら」 現実問題として、七樹があんまり私から離れるのはまずいから、昼休みは追い払うという手はNGだ。 まさかそのタイミングを狙って早来伊吹が仕掛けてくるとは思えないけど、まさかって気持ちこそが落とし穴なのである。 「パンかおにぎりでも買ってくるかな。朝にコンビニで」 「コンビニだとうっ! このセレブめ!」 「コンビニごときでセレブってのはちょっと新しいねえ」 雪那が呆れるが、まったくそんなことはないぞ? パンにしてもおにぎりにしても、スーパーで買うよりコンビニで買った方が高い。 一割くらいね。 しかもコンビニは値引き品がない、とまではいわないけど、かなり少ない。 ようするに何を買うにも高くつくってこと。 こういう積み重ねこそが、じわじわと家計を圧迫するんだよ。 ボディブローみたいに。 あと、レジ袋だってもうすぐ有料になるって話だし。 「山田の家って金持ちなんだよね? 美咲が言ってたけど」 「ああ。けどうちのハウスメイドに弁当を作ってくれとは頼みづらいな」 「メイドがいるの?」 「期待に添えないと思うぞ。おばあちゃんだし」 私の高尚な経済学を無視して、雪那と七樹が会話を弾ませている。 ひどい。 かまってー。 かまってー。 「あんたは子供か。とにかく山田に昼を食わせたいんだろ? 美咲は」 「うん。なんも食わんとぼーっと座ってられるのも目障りだし」 「目障りいうな!」 「けどコンビニとかで無駄遣いするのは許せない」 「まあね」 「スルーするなよう」 七樹が嘆いている。 めんどくさい男だ。 「お前がいうな!」 「したら、美咲が山田の分のエサも用意したらいいじゃん。弁当を一つ作るのも二つ作るのも手間は変わらないっしょ」 「手間は変わらなくても材料費は変わる! 二つ作るには二つ分の材料費が必要なんだよ!」 さもしいというなかれ。 私は貧乏なのだ。 彼氏のためにお弁当を作ったのっ! うふっ! というシチュエーションを楽しめるほど、お気楽な身分じゃない。 アルバイト禁止じゃなかったら、なんかして働きたいくらいなのである。 少しでも家計を助けるために。 「そこさ」 ぴっと私を指す雪那。箸で。 行儀悪い。 「山田には金がある。美咲には弁当を作る技能がある。需要と供給のバランスがとれるってことじゃない?」 神の見えざる手ってやつですね。 たぶん間違ってると思うけど。 「山田が二人分の材料費を負担する。それを使って美咲が弁当を二つ作る」 「おお? それってつまり」 「あんたは材料費の負担から解放されるってこと」 「まじか……」 「で、山田は毎日、彼女の手作り弁当が食えるってこと」 「完璧だ三石。俺の軍師になってくれ」 七樹が親指を立てる。 WIN-WINってやつだ! すごいな雪那。もしかしたら彼女は天界一の知恵者、八意思兼神の転生者かもしれない。 これほどの知謀、普通の人間の頭からは出てこないよ。 さすがクラスのカリスマ。 「雪那。結婚して」 「帰れ」 「三石。俺の軍師に……」 「去れ」 ツンデレなところも、ス・テ・キ。 そんなこんなで放課後である。 私と七樹は、連れだって近所のスーパーマーケットを訪れていた。 もちろん、明日の弁当の材料を購入するためである。 「放課後初デートがスーパーってのは、生活感ありすぎじゃないか? 俺たち」 「いいじゃん。新婚カップルみたいで」 「新婚て……」 てれてれオロチ。 恥ずかしそうに身をよじっている。 私記憶ないんだけどさ。神話の八岐大蛇って、たぶんもうちょっと迫力があったんじゃないかと思うよ。 女子高生と手を繋いで赤くなってる邪竜とか、絵にならなすぎる。 「んで、なに食べたい? 七樹は」 「美咲が作ってくれるなら何でも食べるぞ。バッタとかでも」 「あんたは私のことをなんだと思ってるんだ」 どこのスーパーにバッタ売ってるのよ。 むしろ、なんで私が昆虫食を作る前提になってるのよ。 「いやあ……昔は色々食わされたし……」 「四、五歳の童女が無意味に差し出すようなもんを食うなよ。つはものか」 この雑食ドラゴンめ。 泥団子とか食わされてたんじゃないだろうな。 だとしたら前世の私よ。猛省せよ。 せめて食い物を与えてやれ。 「まあ、順番にきめていくかね。メインは肉と魚どっちにする?」 「肉かな」 「おけおけ」 手を繋いで売り場を回りながら、七樹が持ったカゴに食材を入れてゆく。 定番の鶏からあげでいきましょ。 ハンバーグでも良いんだけど、あれってやっぱり作りたてが美味しいからね。 七樹にはアツアツのやつを食べて欲しいし。 弁当となると、冷めても美味しいものってチョイスになってしまう。 頭の中でメニューを組み立てながら、一週間分くらい。 「ずいぶん買うんだな」 「まとめて買った方が安くつくからね。できる女でしょ?」 「俺としては、毎日買い物でも良いんだけどな」 「んん? 毎日するよ? 足りないものは絶対出てくるしね」 そういうものなのである。 いくらまとめ買いしたとしても、そのあと無補給でいけるかってゆーと、そんなことはない。 足りない食材というのは、どういうわけか出てしまうのだ。 だから主婦の皆さんは毎日買い物するのである。 世の旦那さん族が、計画性がないとか文句を言っているけど、自分でやってみろって話だ。 完璧な補給なんて軍隊でもなければできないってことに、たぶん三日で気がつくから。 「なら放課後は買い物って感じだな」 「そそ。でもって夕食たべていって」 ちょっと踏み込んでみたりして。 さすがにね。 材料費を出してもらうんだからさ。 晩ご飯くらいは食べて欲しいじゃないですか。 「お、おう……」 「なにそのリアクション」 「緊張してきた。弟いるんだよな?」 「まーね。お母さんはまだ帰ってきてないとおもうけど」 「挨拶の練習をしてくれば良かった……」 「おまえはなにをいってるんだ」 凝ったものを作っても仕方ない。 今夜はカレーだ。 いや。ちょっと贅沢にカツカレーにしようかな。 なにしろ材料費は七樹持ちだし。 くくくく。 今日から良いもの食べられるぞー。
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