スーパーに寄って、明日の弁当と今夜のご飯の材料を買って帰る。 ここしばらくの慣例だ。 制服姿のカップルが、おてて繋いで買い物である。 微笑ましいじゃろ? マネキンのおばちゃんも、面白がって試食をすすめてくれるよ。 お似合いですよー とかいって。 そのたびに七樹は照れて真っ赤になっているのだ。 純情ドラゴンである。 「今夜はスキヤキだよ。七樹」 「ほほう」 「そろそろ鍋物はおしまい。暑くなってきたしね」 もうすぐ五月に入る。 冷たいものの方が恋しい季節になってくるからね。 弁当も、食中毒とか気を付けないと。 「しっかり食いだめないとな」 「毎日食べてるでしょ」 「世の中は肉だ」 「意味が判らないよ」 きゃいきゃいと話しながら会計を終え、家までの道を歩く。 これも日常。 早来伊吹と修好が成ったとしても、変わるわけじゃない。 「ぬ」 隣を歩いていた七樹が一歩前に出る。 エコバックを持ったまま、私をかばうように。 「どしたの?」 「こういうのが出る季節になってきたか。たしかに夏が近づいてるな」 「え? なになに?」 「幽霊」 背中越しに覗き込もうとした私の動きがとまった。 いま、なんとおっしゃいましたか? いるんすか? そこに。 「苦手か?」 「得意な人はいないと思うよ!」 「問題ない。すぐに済む」 言った瞬間、七樹の手に剣が現れた。 草薙剣だ。 いつもながら、どこから出てくるんだろ。あれ。 右手に長剣。左手にエコバック。 おしゃれである。 背中に私をかばいながら無造作に進み、予備動作もなく剣を突き出した。 その瞬間、私にも見えちゃった。 見えちゃったよぉ。 なんか白いもの。 女の人っぽい顔。 「うわぁぁぁぁぁっ!?」 「大丈夫だ。問題ない」 「その台詞は不安しかないよ!」 「余裕あるじゃないか」 私が騒いでいるうちに、幽霊は消滅しちゃった。 なんの盛り上がりもなく。 えー? お化け退治ってそんなのでいいのー? 呪文唱えたりしないのー? 「俺は神官でも僧侶でもないからな。成仏させてやるなんて芸当はできない。消滅させるだけだ」 すっと草薙剣が消える。 少しだけ寂しそうだ。 「七樹?」 「ホントはちゃんと修行した方が良いんだろうけどな。寺にでもいって」 「なんか優しい」 「お前が教えてくれたことなんだぜ。憶えてないだろうけど」 前世的な話ですか。 申し訳ねえ。まったく憶えてないですだ。 「可愛かったな」 「まるで今は可愛くないみたいじゃねーか」 「いまは、綺麗だ」 「くっそくっそ! そういうのは反則だぞ!」 真顔で照れくさいこと言うんじゃねーよ! 純情ドラゴンのクセに! ゴールデンウィークに、四人でお出かけすることになりました。 「解せぬ……」 七樹と雪那は良い。 仲良しだからね。 問題は、なんで伊吹まで混じってるのかってことですよ。 「なんで? 三人チームにカップルがひとつあったら、ウチはどうすればいいのよ? 混ざって3Pでもすんの?」 ジト目を向けてくる雪那。 台詞がきわどすぎる。 あと、私と七樹は清い交際ですからね。 キスまでしかしてませんから。 そこんとこヨロシク。 「ウチが確認したいのはそこじゃねーよ。OK?」 「い、いえす、あいあんだすたん……」 姐御が睨んでくる。 怖いっす。 「早来は見た目だけはいいからね。連れて歩くには良い物件っしょ」 「だけいうな。物件いうな」 ぶーぶーと文句をいう伊吹。 もちろん、一顧だにされなかった。 つーか見た目の話をすればさ、伊吹と雪那なんて美男美女じゃん。 で、七樹もイケメン。 この場合、私が最もせつないことになっちゃうような気がするよ。 「仕方ないな。勝手に動き回られるより、近くで監視した方がマシだと思うしかないだろう」 私にだけ聞こえるように七樹が呟いた。 まーね。 現実問題として、雪那は伊吹に接近しすぎてる。 たぶん気があるんだろうなーってのは、判るんだよね。 端で見ているから。 こういうのを岡目八目っていうのだ。 雪那の姐御は隠してるつもりだろうけど、まるわかりでっせ。 でもって、伊吹のやつもまんざらでもない感じなんだよねえ。 「揺れているんだろうな。美咲を追いかけて転生したはずなのに、他の女に惹かれている。なんといい加減な男なんだ、とな」 「そういうことを気にする神だっけ? スサノオって」 ぼそぼそとささやき合う。 もっとこう、傍若無人な神様ってイメージだよ。素戔嗚尊は。 八岐大蛇を退治した後、彼の伝説はほとんどない。 六代くらい先の子孫にあたる大穴牟遅に、命に関わるレベルで婿いびりをした程度かな。 毒蛇や毒虫の巣に突き落としたり、矢戦のど真ん中に放り出したり。 うん。 普通に邪神だよな。こいつ。 ろくなことしてねーわ。 で、このろくでもない邪神に雪那が接近したら、私でなくたって心配するでしょ。 「転生するときに性格が変わるってのは、わりと良くある話なんだ」 スサノオのケースでいうと、けっこう強引な転生だったから、よけいに振り幅が大きくなったらしい。 なにしろこいつ、自殺した高校生に取引を持ちかけ、その肉体を奪ったんだってさ。 普通はそんなことしない。 ちゃんと人間として生を受け、人間として生きる。 その中で、だいたい十代前半のうちに記憶が戻るのだ。 中二病かと思ったら、じつは本当に転生者だった、というオチである。 私みたいに記憶が戻らない場合ってのは、滅多にないらしい。 「スサノオの場合は強引に肉体に入ったから、元の持ち主の性格とかがけっこう反映されていると思う」 「なるほどね」 考えすぎるタイプとか、そういうやつだ。 自分の命を絶っちゃうくらいに思い屈するというのは、私などには良く判らないが、かなり思考が深いんだろう。 「そこ。なにこそこそ話してるの?」 雪那がこちらに視線を向ける。 七樹が肩をすくめてみせた。 「どこに行こうかって話をしていたんだよ」 嘘つきである。 つーかさ、旅行とかお金かかるじゃん。 近所の公園とかでええのんちゃうんか? レジャーシートでももっていって、ぼーっと四人で空でも見てればいいんじゃね? 優雅な休日ってことで。 「あんたはどこの婆さんじゃ」 呆れる雪那。 「贅沢は敵だ」 七樹はお金持ち。姐御だって持ち物から察するにけっこー裕福そう。 伊吹はどうかな? 私ほど貧乏じゃないかもだけど、お昼はいっつもパンいっこだけだし、お金持ちってことはないと思う。 「……そうだな。俺としてもあまり親にたかることはできない」 ぽつりと伊吹がいった。 びくっとする七樹と私。 いやいや。 暴れん坊邪神が、人間の両親を気遣うって。 新機軸すぎるでしょ。 「そうなの?」 雪那が首をかしげる。 私たちとは違う理由でね。なにしろ彼女は伊吹の正体をしらないからね。 「転校も、かなり無理をさせてしまったからな」 ばつの悪そうな顔で説明する。 伊吹の身体の持ち主は、ようするにいじめを受けていたらしい。 や、いじめっていう言葉を使うから深刻に捉えない人も多いけど、あれって普通に傷害だからね。 肉体的にも精神的にも。 ともあれ、それから逃れるために転校したということだ。 私と七樹は、語られなかった部分を察することができた。 元の伊吹は耐えられなかったんだね。 そして最悪の選択をした。 スサノオに出会ったのはそのときだろう。 「なるほどねぇ。じゃあなるべくお金をかけないでって方向だね」 うーむと雪那が腕を組む。 難問だ。 さすがの姐御も簡単には解決できないだろう。 この世界が貨幣によって回っている以上、なにをするにもお金がかかるのだ。 お金がなくてもできることなど、お金持ちになった自分を想像するくらいである。 ちなみに私は、しょっちゅうやってる。 「むなしくね?」 「ほっとけや」 苦笑する雪那にかみついてやる。 持つ者に、持たざる者の気持ちはわからんのじゃ。 「キャンプとかどうだ? うちに道具あるし」 七樹が建設的な提案をした。 けどあんた。キャンプって泊まりがけだよ? 男女混合グループでそれは、いろいろやばいんでないかい?
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