満天の星。 東京じゃちょっと見れないよね。これは。 下草が鳴り、誰かが近づいてくる。 「なんとも盛りだくさんな一日だったな」 誰かっていうか、彼氏どのの声でした。 振り返る。 七樹の手には蚊取り線香の赤い光があった。 うん。 風情ゼロ。 「那須高原にきて、絡まれて、たまちゃんに出会って、変な動画の撮影に協力して、恋人と星空を見上げて、次はキスシーンかな」 「なんでそういうこというの!」 「や。定番かなーと」 「言ったらできなくなるじゃん! 察しろよ!」 地団駄ダンスを踊るドラゴンさん。 めんどくさい男である。 「ふーん。キスしてくれる気持ちはあったんだ」 「ぐ……」 暗いから見えないけど、真っ赤になってるんだろろうなぁ。 純情邪竜だから。 「ん」 両手を広げる。 でも自分からは近づかない。 ちゃんと抱き寄せてね。 「美咲には振り回されっぱなしだな」 ちょっとだけ呆れたような声が聞こえ、柔らかく腰を抱かれた。 重なり合う唇。 今日はバーベキュー味だね。 もっとこう、わしらのキスは食欲から解放されるべきだと思うのじゃよ。 はじめてのキスはカレー味。キャンプ場でのキスはバーベキュー味。夏休みの海水浴でのキスはイカ焼きの味、みたいな流れじゃん。これ。 ゆっくりと身体を離す。 「ん。美味しかった。ごちそうさま」 「キスの後の会話としておかしすぎると思わないか? 美咲」 「照れてんのよ。察しなさいよ」 「そいつは失礼」 もう一度抱き寄せられ、唇を奪われる。 貪欲ドラゴンめ。 七樹の手が腰からお尻へと移動していく。 おいおい。 初めては屋外ってのは、ちょっとあれでないかい? とはいえ私の方も気持ち的にはOKだ。 蚊取り線香もあるし、虫さされとかは気にしなくて良いだろう。 ばっちこいだぜ。七樹。 と、そのとき、携帯端末がぴろりんと鳴った。 くそう。 仕方なくポケットから取り出して画面を見る。 二人同時に。 なかなか間抜けな構図っすね。 ムードが吹き飛んじゃった。 「安藤さんからだ。げ。なんか怒ってる」 「あちゃあ……さっきのやつだね……」 メッセンジャーソフトには見知った名前と、先ほどの一件についての厳重な抗議が表示されていた。 七樹と伊吹は映ってなかったと思うんだけどなぁ。 見るひとが見たら判っちゃうらしい。 スサノオとヤマタノオロチが共闘してるだけでも頭おかしいのに、九尾の狐とも仲良しっぽい。 これは、そうとうにめんどくさい状況なんだってさ。 「話があるから戻ったら顔を出してくれ、て、話っていうか説教だよな。あきらかに」 やれやれと七樹が肩をすくめた。 良い雰囲気だったんだけど、帰ったらお説教が待っているのだと思えば、そんな気分にも慣れない。 「……みんなのとこにもどりますかね。七樹さんや」 「……そうですな。美咲さんや」 何ともいえない笑いを浮かべ、私たちは振り返った。 そして固まった。 雪那と伊吹の顔が、トーテムポールみたいに重なってこっちを見ていたのだ。 じーっと。 身長差的に、たしかにそういう遊びはできるだろうけどね! 「あ。おかまいなく。ウチらはここから見物してるんで」 にへら、と、雪那が笑う。 かまうわ! 「すまねえ兄ちゃん。何とか止めようとしたんだけど、俺じゃ無理だった」 テント前に戻った私たちに蓮斗が詫びる。 いやまあ、君では雪那と伊吹は止められまいよ。 「きにすんな。短い時間でも美咲とふたりきりになれた。充分だ」 言って、ぼんぽんと蓮斗の頭を叩く七樹。 良いお兄ちゃんしてるなあ。 「ならいいけどさ」 照れ笑いの弟くんである。 「あんなのと付き合ってくれる貴重な人材だからさ。俺でできることはなんでも協力するよ」 OK。 そのセリフは、照れ隠しとして越えてはいけない一線を越えたぞ。 「明日から、蓮斗の晩ご飯は白飯のみだぜ」 「卑怯だぞ姉ちゃん! メシを人質に取るなんて!」 「ふはははは。ひれ伏すが良い愚弟よ。姉の力を思い知ったか」 「に、兄ちゃん。姉ちゃんがいじめるよう」 「すまん蓮斗。俺は常に美咲の味方だ」 「ひでぇ!」 お馬鹿な会話を繰り広げる。 まあ、将来の義兄弟が仲が良いのはけっこうなことじゃて。 ほっほっほっ。 「で、なんだったのよ? さっきの着信。いきなりふたりとも顔色変わったけど」 寸劇に参加することなく雪那が訊ねてきた。 付き合いの悪い姐御である。 「知り合いからね。たまちゃんのことでちょっと」 曖昧に応えた。 SNSに流れた動画の件だとはさすがに言えない。ましてあれに私たちが関わってるなんて、言えるわけもない。 「たまちゃん? だれ?」 きょとんとする。 ぐっは!? もう術とけてんのかよ! 「あー えーっと、知り合いっていうか」 「え? さっききてた人だろ? なにいってんだ? 雪那さん」 蓮斗が首をかしげた。 のぉぉぉっ!? こっちは術とけてないしっ! 効果は個人差があります。 とかじゃないんだから。 勘弁して。いやまじで。 「こいつは……まいったな」 ぽりぽりと七樹が頭を掻いた。 伊吹も苦笑している。 「三石。ちょっといいか。美咲も」 野郎ふたりが手招きする。なにさ? 私と雪那が首をかしげながら近寄ると、七樹が声を潜めて説明をはじめた。 「こういうケースは珍しいけど、ないわけじゃないんだ」 「どういうこと? 山田」 「お前、たまちゃんのこと憶えてないだろ?」 「だから誰よそれ。蓮斗クンまで変なこといってるし」 「さっきまで一緒にメシを食ってたんだけどな」 「……あ」 はっとしたように目を見張る雪那。 それからゆっくりと私たちを見まわす。 「あいつ誰? なんでウチ、なんにも不思議に思わなかったんだろ。初めてあったやつが食事に混じってたのに」 「ちゃんと説明するよ」 やや疲れたように、伊吹が言った。 それは、踏み込むということ。 雪那をこっちの事情に巻き込んでしまうということだ。 「ちょっと伊吹……」 「いや、美咲。もう仕方がない」 抗議しようとした私を、七樹がおしとどめた。 「狐の幻術を打ち破るくらいの精神力だ。遅かれ速かれボロは出てしまう」 七樹の言葉に頷き、伊吹が説明をはじめる。 「さっきの女は人間じゃないんだよ。三石」 「……ほほう? 妖怪変化だともいうつもりかね? 幻術とか聞こえたし」 両手を腰に当て、挑むような口調で雪那が質問した。 さすがの胆力です。姐御。 「まあ、そう言うつもりなんだ。予想通りで恐縮だけど」 伊吹としてはそう答えるしかないよね。 事実を伝える方が信じられないってのは、けっこう悲しい事態ではある。 「ツッコミは最後に入れるから、まずは全部しゃべっちゃいなさい」 おごそかに命令してるし。 なんていうか、伊吹は被告席に立ってる囚人みたいですよ。 神様なんすけどね。 「あれは玉藻。九尾の狐だ。俺と山田、美咲がいることを知って接触してきた。挨拶という名目でな」 過不足なく説明してゆく。 放火事件で狐火という噂が立ちはじめ、評判が悪くなることを警戒して、きちんとした犯人を用意するために動画を撮った事をふくめて。 「……なるほどね。だいたい判ったわ」 「疑わないのか?」 「ツッコミは最後にするって言ったでしょ。続けて」 じっと雪那が見つめる。 諦めたように、伊吹が息を吐いた。 「俺は人間じゃないんだ。あ、いや、この身体は人間だけど」 事実だけと、事実なんだけど、かえって痛々しい。 身体は人間だけど魂は人間じゃないとか。 中二病もびっくりだ。 そしてそれは、私も七樹も同じなのである。 せつなすぎる。 「人間じゃないとしたらなんなのよ? 宇宙人? 未来人? 異世界人? 超能力者?」 おいばかやめろ姐御。 それは危なすぎる。 「全部ハズレだ。俺は素戔嗚尊。山田は八岐大蛇。美咲は奇稲田姫だな」 「…………」 伊吹の言葉に呆然としていた雪那だったが、やがて腹を抱えて笑いはじめた。 気持ちは良く判るぜ。 痛い子すぎるよな。 「だから美咲を取り合ってたのか! だからライバルだったのか!!」 大爆笑である。 いやいや。 そこに受けてんのかよ。
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