安藤氏の依頼は、妖怪たちを説得してくれ、というものだった。 スサノオとヤマタノオロチがきたぜ。うぇーい。って盛り上がっちゃってる連中に、神は妖怪と手を結ばないよって判らせる。 口で言って判らないなら、拳で語ってでも。 うん。 説得でも何でもないね。 実力行使だね。 結局は力押しですよね。 まあ、安藤氏も神様だもんなあ。対等な条件での交渉とか滅多にしないだろうし。 ていうか貿易商ってそれでいいんだべか? あんな立派なマンションに住んでるってことは、商売は上手くいってるんだろうけどね。 「しかし美咲。ずいぶん簡単に引き受けたな」 帰路、七樹が話しかけてくる。 そもそも断れる雰囲気じゃなかったでしょ。 だったらゴネても意味がないじゃん。 それに、お金くれるっていうし。 「金銭目的!?」 「うん。私、貧乏だからね」 しかもうちの学校ってバイト禁止だもん。こういう非合法な仕事で稼がないとね。 「人聞きが悪すぎる。知り合いの仕事を手伝ってお金をもらうだけじゃん」 雪那が呆れた。 うむ。 べつに麻薬の売人とか、特殊詐欺の受け子とかをやるわけではないのです。 ただちょっと、妖怪の皆さんとOHANASHIしようってだけです。 「ていうか、姐御まで付き合わなくて良かったんだよ?」 「伊吹もやるからね。カノジョとしては手伝わないといかんでしょ」 とか言ってカレシと腕とか組んでやがる。 なんだこのリア充。とっとと爆発しろよ。 「七樹! 私たちも手を繋ごうっ! 手!」 「なんだその無駄な対抗意識は」 「細けぇことはいいんだよ」 「へいへい」 私と七樹が手を繋ぐ。 ふふん。そんじょそこらの繋ぎ方じゃないぜ。 指を絡める恋人繋ぎってやつだ。 羨ましかろう? 妬ましかろう? 「それは誰に対する自慢なんだ?」 「そっとしておいてあげなさいって。本人が幸せなら良いんだから」 腕を組んだ美男美女が苦笑している。 くっそくっそ。 絵になる二人だなぁ。 「むしろ俺はお前のことも心配だぞ? 美咲。記憶が戻ってない以上、ただの人間なんだからな?」 けっこう真剣な顔の七樹だ。 神格としての記憶を取り戻していないため、私は特殊能力も使えないし肉体的な強度は人間と変わらないらしい。 ということは、たとえば妖怪の攻撃とか受けちゃったら、普通に死んでしまう。 「七樹が守ってくれるでしょ?」 「そりゃそうだが。だからといって美咲を危険な場所に連れて行きたいわけじゃない」 ちょっと照れたような顔で応える純情ドラゴンだ。 優しいのである。 ともあれ、記憶が戻ったとして、私の力ってなんじゃろ? 奇稲田姫って、なんか必殺技的なものって使えたっけ? 「櫛に変身するじゃん」 「おう姐御。そんなもんに変身してどーすんのか、百四十字以内で応えてみろや」 そもそもあれは、スサノオに変えられたんじゃよ? たしか。 「必殺技がある神、なんてもんの方が少ないさ」 がるると睨み合う私と雪那に、七樹が苦笑する。 八岐大蛇だって素戔嗚尊だって、べつに必殺技とかはないらしい。 ○○を司る、とかそういうのは、あくまでも象徴であって必ずしも力の根元になっているわけではないという。 なるほど。わからん。 「簡単にいうと、姉貴は太陽神だけど太陽エネルギーを使えるわけじゃないし、兄貴は月の神だけどサテライトシステムは搭載してないってことだ」 伊吹が説明してくれる。 良いんだけどあんた、天照大神や月読命を、そういうロボットアニメみたいな扱いにしたらやばいんじゃないの? 「だから、もちろん俺はポセイドンじゃない」 それはギリシャ神話じゃねーか。 スサノオって海の神様だったのか。 「海闘士も連れてないし、巨大ロボットでもない」 「わかりづらいよ。伊吹」 姐御に突っ込まれてるし。 じっさい判りづらいしな。 元ネタが判らぬよ。 「だから、べつに美咲にも固有能力っていうのはないと思うぞ」 じゃれてる二人にはかまわず七樹が言った。 それはちょっと残念なような。 こう、戦いになると、美々しい戦装束に変身するとか。プリ○ュア的なやつ。 「恥ずかしくね?」 「うん。いま想像して死にたくなった」 姐御のつっこみに素直に頷く。 さすがにね。 高校二年生に魔法少女的なサムシングはつらいわ。 「地味だけど、知略系の能力とか使いでがありそうだな。オモイカネみてーな」 伊吹が笑う。 もっともだ、と、思わず他三人が頷いちゃったよ。 もうすぐ中間試験っすから。 せちがらいっす。 神の転生だろうがなんだろうが、高校生である以上は試験があるし、授業にも出ないといけない。 これはまあ、仕方ないことではある。 職業は神様です、といって認めてくれるほど、世間は甘くないのだから。 「ぶっちゃけさ。成績落ちたらヤバイよね」 「まーね。カレシができたから成績悪くなったんじゃね? っていわれるし。絶対」 私と雪那が肩をすくめ合う。 翌日のことである。 いつもの教室。 いつものメンツ。 男にもたぶんそういう側面はあるだろうけど、だいたい女の方が風当たりが強いのだ。 恋人ができたら勉強しなくなるとか言われるのはね。 で、社会に出たら、さっさと男を作って結婚しろって言われるんだぜ。 女のクセに仕事ばっかりしてんじゃねーぞって。 家庭に入ったら入ったで、男の稼ぎで食ってるクセにって。 とかくに人の世は住みにくい。 私は夏目漱石か。 じつは『草枕』って、この続きの方が格好いいんだけどね。 どこにいっても住みにくいんだって悟ったときに芸術が生まれるんだよってね。 「ていうか、姐御ってカレシできたの?」 女子生徒が近づいてきた。 クラスカーストのナンバーツー。緑川琴音である。 なんか私をちらっと見た。 「ちゃうちゃう。私は雪那のカレシじゃないよ」 「……その否定、必要だった? 櫛田」 おおう。 なんか目が冷たくなった。 これはあれっすかね。姐御を取られた嫉妬とか。そういうやつすかね。 伊吹が転校してきたとき、こうなるんじゃないかって予測したものだよ。 ずいぶん時差があるし、伊吹じゃなくて雪那と仲が良いからだってのが笑っちゃうけどね。 まあでも、気持ちは判るんだよ。 彼女はいままで二番手だったわけで、そのポジションに私が入っちゃったから。 ようするに格下げされちゃったってことだからね。 これで、私のことを大好きってなったら、彼女の頭はかなりビューティフルサンデーな感じだろう。 私はクラスカーストなんかにまったく興味ないけど、そういうのを気にする人はいるからね。 気持ちは判るけど、いじめとかに発展したら嫌だなあ。 「伊吹とつきあい始めたよ?」 私の気持ちを知ってか知らずか、雪那が小首をかしげる。 「……そっか」 ん? いま挿入された沈黙はなんじゃ? すごく嫌なものを感じたぞ。 「問題を起こした男とつきあっている女、という噂を流して、三石の立場を悪くしようって魂胆だな」 ぬっと緑川さんの後ろに立った七樹が言った。 こっわ! 完全に気配を断って近寄るとか! 背後からぼそっと声をかけるとか! さすが邪竜!! 文句を言おうとして振り返った緑川さんが、ちいさな悲鳴をあげて座り込んでしまう。 あー もしかして七樹の目を見ちゃった? それはご愁傷様だよ。 私が邪竜邪竜って言ってるのはさ、べつに冗談でもなんでもなくてね。ヤマタノオロチの転生たる七樹は、とにかく目ヂカラがすごい。 邪眼っていえば、多少はイメージしてもらえるかな。 「美咲に手を出さないのであれば、見逃してやるのも吝かではないが。三石も俺の友人だ。ろくでもない企ては防がせてもらうぞ。緑川琴音」 地の底から響くような声でフルネーム呼ぶなって。むちゃくちゃ怖いから。 「そいつぁ俺の仕事だろ。七樹。雪那は俺の女だぜ」 伊吹の声が教室に響く。 制服のポケットに手を突っ込み、入口から歩み寄ってくる。 なんだその格好いい登場は。 あんたは主人公かよ。 つーか、おやめなさいって。 陽イケメンと陰イケメンに見おろされて、緑川さん完全にびびっちゃってるじゃん。 「朝から、おかしな寸劇を見せんな!」 すっと立った雪那が、丸めた教科書で伊吹と七樹の頭を叩く。 すぱんすぱーん、と。 お見事です。姐御。
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