高校を卒業して大学に入るまでの短い休み、オレは友人の家に向かった。  違う高校に通っていた友人で、頻繁ではないがそれなりに連絡を取り合う仲だった。  そいつの家につくて玄関のベルを鳴らす。すると、背が高く筋肉質で無愛想なイケメンが現れた。  大学だって、だれもが知る高ランクの大学に行くようなので羨ましい限りだ。  愛想はないが、性格だって物静かなところはあるが優しいだろう。  だが、こいつの一番の特徴は外面とか内面的なことじゃない。  いわゆる『見える』人という奴だ。  本人はいつも否定しているが、恐らく霊だかなんだか良く分からないもの、何かが見えている。  ちなみにオレは、身長も体格もなければ、学力も運動神経もない。  けれど代わりに、何一つそういった霊的なものが見えたことがない。  俺とこいつは性格や嗜好も違うから、接点も本当は何もないはずだったが、たまたま俺が中学で格好をつけるためだけに読んでいた詩集を、こいつも読んでいたようで親しくなった。  それから俺は話題に付いていくために結構勉強して、それなりの文系の大学に入ることになった。  俺からすればちょっとした黒歴史でもあるが、他人から見ればちょっとだけいい話なのかもしれない。  挨拶も早々に本題を切り出し、鞄から一冊のアルバムを取り出した。 「突然すまん、ユウ。まず、このアルバムを見て欲しい」  ユウは頷き、首を捻りながらもアルバムを見始めた。  手渡したのは、最近配られたばかりの卒業アルバムだ。 「これが、どうかしたのか?」  ユウは怪訝な顔をした。 「何か感じないか?」 「何か、と言われてもな。むしろこれで何かあったのか」  特に顔色を変えるでもなく、ユウは聞き返した。 「それが分からないんだ。……いや、悪い。まずは先入観なく、このアルバムを見てもらいたかったんだ」  卒業アルバムのページで、オレのクラスの所を開いた。 「この3組にいる丸眼鏡の奴は、ケントっていって、オレの高校での連れなんだけど……」  オレは卒業アルバムを持ってくることになった経緯を説明することにした。  アルバムは、卒業式の日に配られたんだ。  卒業式も終わって、他の生徒連中は教室で皆別れを惜しんで話し合ったり、アルバムに書き込んでいたりした。  ケントは最初普通だった。むしろ普通に他の連中と話しながら、見るでもなくアルバムを眺めていた。  すると突然、ケントが身を震わせたかと思うと目に見えて分かるほど汗を掻き始めた。  オレは何があったんだと驚いて、肩を掴むとぶるぶると震えてだしたんだ。  ケントは首を振り出したんだ。教室の中を見ていたのかな?  それでさ、自分のアルバムを抱えたと思ったら教室を飛び出したんだ。  訳が分からなかったけど、何かマズい気がしてオレも後を追いかけたよ。  すぐに追いつけるかと思ったんだけど、全然そんな事はなかった。  オレは足が早いわけではないけど、それ以上にケントの奴は足が遅いんだよ。  おかしいだろう。でも、そんなんでケントを見失ってしまったんだ。  電話にも出ないし、家にもいないみたいで、本当にどうしようかと。  とにかく走り回ったね。日も沈みかけてきていてさ。  そしたら、川辺でケントを見かけたんだよ。  どこで手に入れたか知らないけれども、ライターで火をつけててさ。  卒業アルバムを、燃やしていたんだよ。  大丈夫かよ、ってオレは声を掛けたんだ。  ケントは言うんだ。  何もなかった。何もなかった、って。  でさ、その時の顔がさ。ちょっと怖かった。  目が少し普段より浮き上がっててさ、毛細血管が切れているのか赤くなってた。  口元だって、普段からはありえないくらい吊り上がっていてさ。  凄惨な表情って、あんな感じなんだろうな。  オレは本当に何も理解できないけど、正直ケントが一番怖かったよ。  あの顔は未だに忘れられない。 「それで、そのケントは今はどうしているんだ」  俺が説明を終えたら、ユウがそう尋ねた。 「今は落ち着いている。あれから、一週間経ったけれども普通に外にもでかけているみたいだ」  ケントと直接何度か会ったけれども、顔つきだって普通に戻っていた。 「……ただ、あの時の話を振るのは怖いから、その話題はだしていない」 「そうか」  感情がこもらない声で、ユウは相槌を打った。 「それで、どうして俺のところに来た?」  ユウは元々無愛想ではあるが、今は尚更表情を消している。  こういう話題は嫌いなのは知っている。 「……ユウが何も言いたくないなら、それでもいいと思っていた」  ユウが『見える』人間であることは確信している。  けれど、いままでそれを突きつけた事はなかった。  だから、こんなことは言いたくない。だが今回、他に頼れそうな奴がいない。 「でももし、オレと何か違うものが見えるなら教えて欲しい」  静かな沈黙が場を包む。  愛想のない大柄なユウの顔は、正面から見ると威圧的だ。 「面倒事を持ち込んで、本当に済まないと思う。だけど、オレはこれが危険なのかどうかも分からないんだ。頼むよ」  俺はゆっくりと頭を下げた。 「……そもそもの話なのだが、俺とそのケントが何か『見える』としてだ。……同じ物が見えるとは限らない。人によって見え方は千差万別だ」  普段のユウなら、見えないものは見えないと、ばっさりと会話を切ってくるが、ありがたいことに今は少し話しを聞いてくれるらしい。 「それはもちろんだ。そのうえで、何もなければいいと思ってる」 「それと、お前にとっての優先順位だが、大事なのは『見えないものを見ようとすること』か? それとも、お前達の身の安全か?」  色々知りたくもあるが、大事なのはオレとケントの無事だ。  正直、気味が悪くて仕方がない。 「……安全かどうかを気にしている」 「分かった。中身を確認する」  ユウは静かにゆっくりと、ページを再び捲り始める。  俺はその様子を眺めながら、黙って待つことにした。  見えないということには、3つの側面があるように俺は思う。  1つ目は脳の機能として見えないということ。  色が見えないとか、そもそも目が見えないとか、そういった科学的な機能だ。  2つ目は単純に見落としだ。  仮に存在していても、認識することが出来なければ見えないということになる。  3つ目は見ることを、心が拒否している場合だ。  精神病理に近いのかもしれないし、あるいはそれだけではないのかもしれない。  オレはただ黙って、ユウの視線を観察する。  ユウは全く表情を変えないまま、最後のページまで閉じた。 「このアルバムには何も問題はない・・・・・・・・・・・・・・・。お前達の害になることは、ないだろう」  ユウとオレはじっと見つめ合うことになり、数瞬黙り込んだ。 「分かった。信じる」  ユウの言葉に、正直オレは肩の荷が下りた。  大丈夫だと言うならば、まずはそれでいい。  オレは深く安堵の息を吐いた。  そんなはずもないのだが、呼吸をしたのは随分と久しぶりな気がする。  ユウが真顔で俺を見つめている。  さっきまで気恥ずかしい事を言っていた気がするので、視線を落としてついアルバムを眺めた。  ぺらぺらとめくってみるが、やはり、心霊的なものが載っているわけでもなさそうだった。  そうだ。さっき、ユウの視線が追っていた箇所はどこだったかな。  確か、ページの端を見ていたような。  そこには、クラスの在籍人数が書かれていた。  3学年の総数は5組ある。ぺらぺらとめくって数を確認してみた。  1組、36人  2組、36人  3組、32人  4組、37人  5組、36人  何も違和感を感じない。  オレはユウに礼を言って、鞄に卒業アルバムをしまった。 了

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