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◇  特にツマミやお酒も用意してない、僕の家に着き、部屋の明かりを全部付けた。 「1DK?」  亮ちゃんは部屋をパッと見て間取りを把握した。 「うん。ダイニングっていうわりには広かったし2DKって言ってもいい感じの部屋だったし。線路沿いだから防音だけはよく出来てるから発声練習とかしても近所の人から怒られないのがいいなって」 「なるほどな。じゃあ、家賃光熱費折半で」 「え?」  家賃光熱費折半?何のことだろう。 「とりあえず、今夜は泊めてもらうわ。明日荷物持ってくるから、よろしく」 「え、なに?」  亮ちゃんとかいう、オーディションで会って、二週間後に無理やり飲みに連れていかれて、家にまでついてきて、ほとんど会ったばかりの人間が、両手を腰に当て、フムフムと顎を何度も動かして、僕の部屋やキッチンも見渡し、勝手にバスルームと洗面所を眺め、なにやら一人で納得している。 「俺らルームシェアするんだよ」 「ルームシェア?」 「そうだ。アニメ放送前のラジオの時に『ほぼ初対面だけど意気投合してルームシェアしながら演技練習してる』ってトークで話題性を作ろう」  彼は何を言っているんだろう。 「演技練習付き合ってもらえたら俺も助かるし」 「ちょっと待って、一緒にココに住みたいってこと?」 「おう。俺も実家出て行きたくて仕方がなかったんだよ。お前も家賃光熱費折半なら問題ないだろ?」  問題だらけ。だということに彼は気が付いていない。 「いやいや、ちょっと待ってよ。僕のプライバシーとか考えてくれる?たまに遊びに来るとかならいいけど、一緒に住むって、生活感とかも違うだろうし、さすがにちょっと、僕的には無理かな」  ここでちゃんと断っておかないといけないと思った。強引以前に、僕はまだ彼に警戒心を持っている。それに演技練習が一緒に出来るからとか、話題性を作くれるからという理由だけじゃ、僕は納得がいかない。 「お前さぁ、売れたくないの?」  そう言った亮ちゃんの視線が僕を軽蔑しているように見えた。 「売れたいよ。バイトなんて辞めて声優だけで食べていきたいよ」 「一人で売れると思ってる?バイト何日してるか知らないけど、収入はこれから不安定まっしぐらだぜ?」  確かにそうだ。ルームシェアで生活費が半分になるなら、少しはその不安も和らぐ。 「一人で頑張らないといけないこともあるだろうけど、一人じゃちょっと怖いかな」 「じゃあ、一緒に住むべきだ」 「いやでも、売れるためだからってルームシェアするなんて間違ってるよ。こんな売り込み方変だよ」  目の前の彼の視線が怖い。これから一緒に声優として仕事をしていくわけだけど、一緒に住む必要なんてあるのかな。メリットがどれだけあるんだろう。もし声優として売れるメリットがあったとしても、ほぼ初対面の人と住むなんて考えたくない。 「お前にどんなに間違ってるって言われても、お前だって自分の夢のためなら俺を受け入れる覚悟をしろよ。俺は人気声優になれるならお前の全部を受け入れる覚悟は出来てる」  僕の夢。それが彼と一緒に住んだら叶うのか? 「声優として生き残りたくないのか?」  生き残る? 「一発屋の口数少ない主人公の役で出演して、歌うたって、ラジオ出て、イベント出演して、雑誌のインタビュー記事がでれば満足か?それが人生でたった一回しかできない経験のままで、お前の声優人生それで終わりでいいのか?一度切りの思い出なんかのために努力してきたのか?」  やっと掴んだチャンスだけど、その夢が一度きりの出来事になってしまったら、夢はそこで終わる。声優になりたい人はいっぱいいる。僕じゃなくてもいいと思われたくない。僕じゃなきゃ駄目だって思われたい。一生声優でいたい。だけど、 「亮ちゃん、は、その、怖くないの?男の二人のルームシェアって言っても、まだ僕ら二回しか会ったことないんだよ?全然お互いを知らないのに話題性を作るだけのために一緒に生活していける?」  胸がなんだかキリキリする。彼と暮らしていけるだろうか?彼と暮らしたら本当に売れる声優になれるんだろうか? 「俺、二歳の頃から子役やってたんだ」  あ、子役上がりなんだ。確かに僕と違って堂々としているし、オーディションの時も初々しい感じが一切なかった。  なるほどと、感心していると彼はミュージカル調で僕に語り掛けてきた。 「俺はぁ、親の夢を託されちゃったタイプの人間でさ、少し前まで俳優志望だったのさぁー♪だけど、成長するにつれて俺は気が付いたのさ、本当は歌手になりたくてたまらないとぉ♪。子役じゃ!脇役ばっかり!売れない!売れない!腐りかけのリンゴ!成功はナッシング!結局未練がましく小劇団で活動してたのさぁ!」  ミュージカル俳優みたいでかっこよかった。  なんだ、ユーモアのある歌手志望の夢を持った青年じゃないか。  でも、この高クオリティ。小さいころから大変だっただろうと思った。けど、歌手志望だったのに何であのオーディションにいたのだろう。  亮ちゃんはミュージカル調をやめて普通に話し出した。 「今年本格的に歌手を目指して親の反対押し切って、お前と同じ芸能事務所に入れることになった。でも、立たされたスタートラインはコレだ」  勝手に彼はソファーに座って、僕よりは短いけど、細くて長い脚を組み背もたれに両手を広げて僕を睨むように見上げた。 「俺は声優業界に入りたかったわけじゃない。あのアニメのオークションを受けたのはバンドを組む高校生の物語だから、主人公のボーカル役になれば歌手になれるって思ったからだ。でも実際に主人公役に選ばれたのは俺じゃなくてお前だった。親友役で選ばれた時、辞退してやろうと思ったけど、キャラソンでCDデビュー出来るって聞いたから、結局この仕事に賭けることにした。声優界で一番歌の上手い声優になってやるって決めた。そのためならどんなことだってする。お前は違うの?」  ああ、オーディションの時からかっこいいと思っていたけど、決意を持っている彼は本当にかっこいい人なんだと思った。 「僕は、たくさん役が欲しい。僕は僕じゃない色んなキャラクターをたくさん演じたいなって、思ってる。どの僕になっても大勢の人から愛される声優になりたい。僕が頑張って人気声優になった時、誰かが僕みたいになりたいって思ってくれるような、そんな声優になりたい」  親にも言ったことがない夢という決意表明を彼に向かってした。  言葉にして再確認した。これが僕の目指す声優像で、僕の夢なんだ。 「じゃあ俺とルームシェアな」  亮ちゃんは勝ち誇るように僕に言った。僕の決意も決まった。 「いいよ。引っ越してきなよ。お互いトップ声優になろうよ」 「おう。でもあくまで参謀は俺だ。とりあえずこのアニメで売れる。それが大前提だ。究極の新人声優コンビになるぞ」  このアニメの原作は本屋に全館平置きされるほどの人気作。だけど、僕も彼もまだ無名の新人声優。亮ちゃんの方が芸歴ははるかにあるけど、僕がちゃんとついていかないとアニメの完成度のバランスが悪くなる。  頑張らないと。 「じゃあ俺寝る。新品の歯ブラシある?」 「あ、うん」  僕はストックの歯ブラシの封を開け、歯磨き粉をつけてから亮ちゃんに渡した。 「サンキュ」  声優は口が命。歯は最高のアクセサリーだ。  歯を磨き終えると、亮ちゃんはドサッと重い荷物みたいにまたソファーに腰かけた。 「明るいから電気消して」 「あ、ベッド使っていいよ」 「いい、気にすんなよ。そのうち寝袋でも買ってくるから」  亮ちゃんは二人掛けのソファーに寝そべったけど、膝から下が完全にはみ出していた。 「僕、一年半前くらいまで彼女がいたんだ。だからベッドダブルべッドなんだ。嫌じゃなかったら隣で寝ていいよ。予備の掛け布団ないし、この大事な時期に風邪ひいたら役降ろされるよ?」  目の上に腕を置いていた亮ちゃんはチラッと僕を見て「はは」と小さく笑った。 「一緒のベッドに寝てるとか、いいネタだな」 「それは電波に乗せちゃいけない情報だと思うからやめてね」 「つまんねーなあ」  そんなことを言いつつも、亮ちゃんはベッドの半分に移動し寝転んだ。 「まぁ体調管理が一番だな」 「うん」  僕もベッドに残った半分のスペースに寝転んで、部屋の電気を消した。 「で、元カノってどんな女だったわけ?」  亮ちゃんの急な修学旅行のノリに僕は笑ってしまった。 「美人系?可愛い系?」 「うーん。学級院長タイプ」  答えた途端恥ずかしくなった。 「うわ。俺には無理なタイプだ。俺は基本的に尽くす系が好き。ただし嫉妬深くない人限定」 「しっかり者で僕は嫌いじゃなかったよ」 「じゃあ、お前がフラれたの?」  苦い質問だなと思った。 「うん」 「まぁ、なんとなく予想つくな」 「じゃあ、当ててみて」  僕は亮ちゃんの横顔を眺めた。目をとしているけど、まつ毛の綺麗さに目を奪われた。 「叶うか分からないい夢を持ってるからだ」 「当たり」  僕は目をそっと閉じて、元カノが出て行ったあの日を思い出していた。  彼女とは養成所時代から付き合っていた。僕がココに部屋を借りると当たり前のように引っ越してきて、頼んでないのに家事を全部やってくれた。むしろ僕が家事をしようとすると怒るくらいだった。  綺麗な声で、アイドル声優って感じじゃなくて、ソプラノ女優って感じの人だった。  彼女は有名声優事務所に合格し、僕は今の声優レッスン付き芸能事務所に入った。  二人とも声優になる夢を持っているから、お互いのことを理解し合えると思っていた。だけど、女性って生き物は現実的で大人だ。一緒に夢を捨てて働くことに専念して結婚しようと言ってきた。  まだ結婚に焦る歳でもなかったけど、低年齢化の進む女性声優界に焦ったんだろう。  彼女は自分の夢に見切りをつけた。  僕は巻き込まれたくなくて、もっと一緒に頑張って声優になろうって言い続けたけど、彼女はもう僕を理解してくれなくなっていた。一番の理解者じゃなくなってしまっていた。 『子どものころから役者やってる人には絶対勝てっこない!オーディションなんて形だけ!演技が下手くそでも可愛い子が受かる!こんな腐った業界にずっといたら人生失敗する!今までの努力なんて全部無駄!』  僕はその言葉になんて言い返したんだっけ。  あぁ、そうだ。 『じゃあ辞めた方がいいよ。やる気のなくなった人は受かるオーディションにも受からない』って結構きついことを言ったんだ。  そうしたら『私の荷物は捨てて』と言い残し、身一つで出て行った。  もしかしたら次の日帰ってくかもしれない。来週中には帰ってくるかもしれない。やっぱり服とか捨てないでって、電話がかかってくるかもしれない。  ごめんなさい、やっぱり貴方かが好き。そう言って帰って来てくれるかもしれない。  たくさんの可能性を信じたけど、彼女と別れる直前に受けたオーディションの不合格を知って、僕は八つ当たりのように彼女の残していった私物を全部捨てた。 「なぁ宇良」  ちゃん付けで呼んでくれるんじゃなかったの?そう思いながら返事をした。 「何?」 「しばらくカノジョはつくらない方がいい」 「どうして?」 「女性ファンが減る」  言われてみればそうか。カノジョなんていなくてよかったのか。 「でも恋はした方がいい。女にじゃなく、何か夢中でいられるものはつくっていた方がいい。恋愛要素の入った役が欲しければな」 「うん」  僕は何に恋をしようか考えた。 「夢に恋しちゃ駄目かな」  そう呟いたけど、亮ちゃんから返事が返ってこなかった。  防音で壁に音を吸い込まれて、無音とういう世界が今夜は、やたら気になった。  それでも、隣にいる亮ちゃんはもう寝息をたてていて、僕はよく初めて来た人の家で簡単に眠ることが出来たなぁと思った。  こういうところも大物だなと感心した。  恋人とかいたことないけど、誰かと一緒に寝るって悪くないなぁと思った。温かいし、自分じゃない 静かな呼吸音に心が癒される。イビキをかく人じゃなくて良かった。  初対面に近いし、強引だけど、声優として生きていこうって気持ちは一緒だ。きっと悪い人じゃな い。仲良くなれたらきっと楽しいと思う。でも、内心いつまで居座る気だろうと、漠然と不安を感じていた。  けど、一緒に生活して生活感が合わなかったら出て行ってもらえばいい話だ。  僕は彼に背中を向けるようにしたら、すぐに眠れた。変な夢も見なかったし、ストレスはなかった。  だけど、朝起きた時、亮ちゃんの「ふざけんなよ!」という声にびっくりして目が覚めた。    なんだっけ、えっと、お酒を飲みに行って、僕の家に亮ちゃんが来て、それから……そうだ。ルームシェアするんだっけ。でも、僕何もふざけてないんだけど、なんかしたかな? 「どうしたの?」 「お前の家に加湿器はないのかよ!喉乾燥してて、最悪の目覚めだ」 「あ、加湿器あったんだけど、この前壊れちゃって、ネットで注文したから明後日あたりに届くよ」 「じゃあ、加湿器が届いたら連絡しろ!俺はそれまで引っ越ししない!お前も風呂の浴槽にお湯でも水でもはって、ドア全開にして寝ろよ!喉は声優の商売道具だろ!道具を大切にしない奴にろくな仕事はできねぇんだよ!」 「ごめん」  こればかりは平謝りするしかなかった。  玄関のドアを叩きつけるように閉めて亮ちゃんは出て行った。  僕はドアに向かって「ごめんね!」と叫んだ。    確かに喉、ちょっとピリッとしたかも。

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