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【俺と宇良の違い】 ◆  事務所の事務室前を通った時、たまたま事務長にあって、この前、宇良と一緒に受けたインタビューの載った俺と宇良が表紙の声優専門雑誌を渡された。  ボーカルレッスンの前に時間があったので、インタビュー記事に目を通していると、無垢でまだあどけなさが残る笑顔の宇良がアップで写っていた。    小さな字で書かれたインタビュー記事には、声優を目指したきっかけは?という質問に『僕が声優に憧れて声優になりたいって思ったみたいに、僕のことを誰かが見て声優になりたいって夢を持ってもらいたいって思いました』と書いてあった。  それに比べて俺は大してかっこよくもないのに、さも自分はカッコイイと言いたげな表情をしている写真が使われていて恥ずかしくなった。  声優を目指したきっかけの質問にも『歌手になるのが本来の夢でしたが、君は声優に向いているよと言われて、実際声優という奥深い仕事の内容に、夢中になっていて気が付いたらいつのまにか実力派声優になりたいと思っていました』と答えていた。  そんなこと言ったっけ?と、最近の忙しさから、覚えのない自分の発言が掲載されていた。 でも、隣のページに載っている宇良の写真を見ると、やっぱり顔が黄金比だなと思わせるほど完璧に整った顔をしていて、気が付いたらレッスンの時間ギリギリ、まで眺めていた。家に帰れば宇良はいるけど、俺はこんなに長い時間面と向かって宇良と見つめ合ったことはなかった。  好きな女性のタイプは?という質問に宇良は『少し強引で我儘なくらいの頼もしい人が好きです』と書いてあった。  俺はなんて答えたんだっけ?読み進めると『何に対しても真っすぐで、ひたむきで、でも冗談を言い合えて、一緒に笑ってくれる優しい人です』と書いてあった。  自惚れかもしれないけど、俺達は無意識に求めあっているのかもしれない。  早くレッスン終わらせて、宇良の作った飯が食いたいと思った。  ボーカルレッスンが終わって、帰ろうとした時に事務長にまた呼び止められた。 「亮、君さ自伝っていうの?エッセイ本出してみない?一応、声優雑誌に毎月連載してもらって、最終的に本になるって形なんだけど、どうかな?」 「エッセイ連載ですか?」 「そう、答えは今じゃなくてもいいから」 「やります。書かせてください」  声優の仕事は多岐にわたる。まさかこんな仕事にまで巡り合えるなんて。 「ただし、条件があるんだ。宇良くんとのことは書かないで欲しいんだ」 「なんでですか?」  事務長は少し言いにくそうに首を捻って言葉を捻りだしてきた。 「あくまで大知亮の人生を書いて欲しいんだ。それに、ネットニュースで大騒ぎされるほどでもないし、少数派だけど男同士でルームシェアっていうのをイイと思わないファンもいるんだ。今回は正統派で売り出す予定だから」  正統派?今の俺の生活は不正でも行っているっていうのか?確かに一緒に住むことでイイネタになると思っていたけど、俺達の生活に文句を言われる筋合いはないはずだ。 「あのアニメ……『ボイスノーノイズ』だっけ?」 「はい。もうすぐ最終回の収録です」 「他のアニメの役も受かって来てるし、イベントもラジオもインタビューもゲームの声優の仕事も増えてきて、どんどん別のこともこなしていかなきゃいけないんだ。ルームシェア解消するタイミングも考えておいた方がいいぞ」  あの家から出ていくことを考えたことがないわけじゃなかったけど、出ていくことを改めて誰かに考えろと言われると、正直面白くない。凄くつまらない。嫌だった。  それでも俺は笑顔を取り繕って作り、演技をする。 「そうですね。分かりました。宇良とも相談してみます」 「うん。頼むよ。じゃあ、エッセイ連載については、また追って話すから、気をつけて帰ってね」 「はい。お疲れさまでした」  事務長がエレベーターに乗っていなくなった瞬間。笑顔をやめた。  家に帰ると、玄関の前でもういい匂いがした。宇良の作る飯、あと何回食えるんだろうとか、考えたくもなかった。 「ははっ」  俺、相当胃袋掴まれている。 ◇ 「写真集ですか?僕声優ですよ?」  マネージャーと、事務室の中でも滅多に入れない奥の茶色いソファーに座って、ホチキスに止められた二枚の資料を僕に出してきた。  見出しのタイトルに『ホシノウラの裏グラビア写真集』と書いてあって、思わず自分は声優ですけどお間違いないですか?という感じで訊いてしまった。 「いや、本当にこの役掴んでよかったね。念願の声優で主人公役、おまけにCDデビュー、ラジオ、インタビュー、イベントも決定されてる。今はこの役に集中してほしいから、あえて他のアニメのオーディションはある程度こちらでセーブしてるけど、凄い売れたね。まず、そのことに対して言いたい。宇良君おめでとう」 「ありがとうございます」  マネージャーの原田さんはこの事務所に入った時から、本当に僕を応援してくれていた。それを改めて言われると、嬉しくて、声優ツキノウラは売れたんだって実感が湧いた。 「そこで、早速なんだけど、そう、これ、宇良君の写真集を出したいって出版社から打診が来てるんだ。君のファンは面食いが多くてね。声だけじゃなくて宇良君自身を求める傾向があるみたいで、この前の表紙になった声優雑誌覚えてる?」 「あ、はい。亮ちゃんと二人で取材受けたやつですよね」 「あの雑誌、声優雑誌異例の増刷をしたんだよ。理由は宇良君が表紙で、インタビュー記事が掲載されてたからなんだ」 「あの、それ、僕だけじゃなくて亮ちゃんも写ってたと思うんですけど、写真集になるのって僕だけですか?」 「そうだけど」  亮ちゃんと一緒にした仕事が認められたのに、僕だけが写真集になるのはどうなんだろう。このことを亮ちゃんが知ったらどう思うだろう。  嫌われる?まさか、亮ちゃんだってプロだ。こんなことで嫉妬なんかしない。しないはずだけど、喜んでくれるかな。なんでお前だけって言われたりしないかな。 「何か不安でもあるのかい?」 「あ、いえ」 「亮くんも今同じタイミングで、同じ出版社からエッセイの連載をしないか言われているころだと思うよ」 「そうなんですか?」 「まだ本人も知らないかもしれないから秘密ね」  亮ちゃんには亮ちゃんの仕事がある。  僕には僕の役割がある。 「わかりました」 「引き受けてもらえるかな?きわどいショットもあるかもしれないけど、やれる?」 「僕の声以外も好きになってくれる人が一人でも増えたら嬉しいです。頑張りますね」 「撮影冬だけど季節感関係なく写真撮るだろうから、特に夏のシーンは真冬だけど、どこかのホテルのプールを借りて撮る予定だから風邪とか体調管理も仕事のうちだけど、大丈夫?」  原田さんは僕を最後まで心配してくれた。とてもありがたいことだけど、この人を不安にさせたくない。それに、この仕事を断ったら今までの恩が返せないような気がした。 「僕、ちゃんとやります。一人でも」  そう。一人なんだ。アフレコの現場に行けば誰かしら同業の人がいる。亮ちゃんが傍にいてくれることが一番多いけど、この写真集は、僕だけの仕事だ。 「よかったよ引き受けてくれて。こちらも全力でサポートするから困ったことがあったらなんでも言って欲しい」 「はい。ありがとうございます」 「だけど、その宇良くん。気になってたんだけど、いつまで亮くんとはルームシェアをするつもりなのかな?」 「え?」  いつまで?期限なんて決めたことはないけど、強いてゆうなら、あの部屋は僕が住んでいたのだから、出ていくとしたら亮ちゃんが出ていくのだろうけど、そんな日くるのだろうか? 「事務所側としては、初めこそ話題性があっていいって容認していたけど、これからこんな風にお互い違う仕事をするようになることも増えてくると思う。逆に言えば、今後一緒に住んでいるというだけで不利になってくるオーディションも少なくないだろうから、ルームシェアを解消するタイミングは慎重に考えて亮くんとも話し合った方がいいと思う」  それは僕だけじゃなくて、亮ちゃんの仕事にも影響するってことだ。  僕はさっきまでお腹がすいていて、家に帰る前に何か食べたいなって思ってたくらいなのに、急に体が満腹感で満たされて気持ちが悪くなった。  亮ちゃんが家を出ていくことへの恐怖心と拒絶。なんでこんなに僕は怯えているのだろう。  確かに初めの頃は、亮ちゃんは自分勝手に引っ越してくることを決めて、加湿器が壊れていることを怒ったり、練習中に声をかけるとすぐに怒鳴ってきた。家事も一切手伝ってくれないけど、今は僕のいい練習相手で、替えの効かない大切な存在だ。  二人でトップ声優になると決めたけど、結局僕等が立っている場所も乗っているレールも歩く速度も全然違っていて、今では僕等の仲を引きはがされそうになるところまで来てしまった。  亮ちゃん。  心の中で名前を呼んだ。  僕等はいつまで一緒にいられるの?  いつまで居座る気だろうと思っていた自分はもういなかった。 ◇  亮ちゃんが演技の練習している。  僕は食べ終わった夕飯のお皿を片付けて、亮ちゃんの後ろを通って、ベッドに座った。マイク前に立ったことを想定して演技練習中の亮ちゃんを、しばらく眺めていると、もうコレが僕等にとっての日常なのに、いつルームシェアを解消するとか、そんなことを周りが考えはじめろと促し始めたことを、どう伝えようか考えてしまった。  でも、そんな僕をお構いなしに、亮ちゃんは台本を見ながら空間に語り掛ける。 『きっと俺と君は同じ気持ちを同じ熱量で持ってるはずなんだ』  うん。 『でも、俺は意地悪だから』  知ってる。 『君が勇気を出して言ってくれるのを待ってる』  ずるいよ。 『でも、俺から好きって言われたいの?』  そうかもしれない。  いっそ、そう言われたら僕だって。 「宇良、どうした?」 「いや、あの、演技上手いね」 「今更なんだよ。年期が違うんだ。自分と比べるなよ。お前はお前らしくさ、これからも……どうした?」  僕の前髪を細長い指先で、亮ちゃんが無造作にかき分けてきたドキッとした。 「お前なんか今日変だぞ?レッスンでなんかあったか?それとも誰かに何か言われた?ネ ット中傷でも見たか?」 「僕、そんなに元気なく見える?」  亮ちゃんは僕の頭をポンポンと軽く叩いてきた。 「お前も俺も、急に売れたもんな。いつの間にかバイトにも辞めなきゃいけなくなったし。 急に人間関係だって変わって、俺が引っ越してきて気も使ってるだろ?」  全部、亮ちゃんの言う通りだった。  急激な生活の変化。  持続する緊張。  それでも、仕事中も家でも亮ちゃんが一緒にいるから、初めての主人公役の声優役だっ てなんとか出来てこられた。  僕一人の力じゃないことは、自分自身が一番よく分かっている。 「あのさ、僕と亮ちゃんいつまで一緒に暮らす?」  自分から切り込んで訊いてみたけど、亮ちゃんは僕の隣に座り、天井を見て「そうだな ぁ」と言った。  言うだけ言って、そのままベッドに大の字で寝ころんで二回目の「そうだなぁ」を言っ た。  何も考えてなかったわけじゃないけど、いざとなるとどうしようって感じで、僕の手を 探り当て手を握りしめてきた。  僕は実家が遠いし、随分長いこと一人暮らしで、彼女がいたこともあったけど、僕がい つまでたっても声優として成功しなかったせいで、いつの間にか出て行かれてそれっきり 連絡は取っていない。  冬だし、人肌が恋しいっていうのもあるけど、誰よりも頼もしくて暖かい人が、目の前 にいて、それが亮ちゃんで、初めは不安だった生活感の違いとかも、思っていたほどなく て、居心地がいい。  自分の部屋なのに居心地がいいなんて変な表現だけど、僕は亮ちゃんと一緒にいると安 心できるんだ。この安心感を手放す勇気が今の僕にはない。 『でも、俺は意地悪だから』 「どうしたの?」 「乙女向けボイスCDの練習」 「そっか」 『君が勇気を出してくれるのを待ってる』  僕に言っているんだろうか。それとも本当に練習なんだろうか。でもベッドの上で寝転 がりながら練習するなんてプロ意識の高い亮ちゃんにしては珍しいし、初めてのことだ。  僕が勇気を出すのを待ってくれているんだろうか。でも、勇気を出して何を亮ちゃんに いえばいいのだろう。 『でも、俺から好きって言われたいの?』  亮ちゃんがその台詞をいった瞬間、僕は亮ちゃんを見た。腕を引っ張られ、僕もベッド に寝ころんだ。  亮ちゃんから視線が逸らせない。 『ごめんね、意地悪して』  演技をしている。亮ちゃんが言っているのはあくまで台本に書かれた台詞なんだ。僕へ 向けられた亮ちゃん自身の言葉じゃない。  わかっているのに、鼓膜が溶けそうなほど、官能的に亮ちゃんの声が僕の体を熱くする。 『他の奴に君を取られるのは我慢できないんだ』  僕の頬に亮ちゃんは手の甲を当てて、不安を隠すような微笑みを浮かべた。 『俺を傍にいさせて』  演技なの?それとも本音なの? 『君の味方は俺だけだ』  僕はたまらなくなって、ベッドの脇に置いてあったリモコンで部屋の明かりを消し、部 屋を真っ暗にした。  電気を消したら亮ちゃんは何も言わなくなったけど、僕等は暗闇の中お互いの手を探し、 握り合って眠りについた。  明日は『ボイスノーノイズ』のアフレコ収録がある。最終回も近づいてきている。この 仕事が終わったら、僕等はどうなるの?このままの生活を許してくれる人はいないの?  亮ちゃん。  また心の中で名前を呼んだ。  意地悪な君も好きだけど、君は僕の為に一生懸命、上手くアフレコやラジオが上手くい くようにたくさんのことを計画してくれて、僕は何度も助けられてきたよ。  あくまで俺は参謀だって言っていたけど、そのおかげで僕はここまでこれたよ。  もう、亮ちゃんは眠ったかな?  僕は電車が窓の横を通り過ぎていく中、電車の音にかき消されるような小さな声で、言 葉を並べた。 「君が意地悪なのは知ってるよ。でもごめんね、僕には勇気がないから、君の口から聞き たい。ねぇ、僕のこと……」 「好きだよ」  亮ちゃんの声だった。台本に、その台詞はあるのだろうか。亮ちゃんは確かに今、好き と言った。  僕は何も言い返せなかったけど、握りしめた手を強く握り返した。

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