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【参謀は俺】 ◆  ボーカル科の俺がわざわざ所属事務所の事務長に呼び止められて、受けてみないか?と言われたオーディションは俺が目指している歌手のオーディションの話じゃなかった。 「声優のオーディション?」  俺には関係ない話じゃないかと、一瞬溜息が出そうになった。でも、事務長の話は続いた。 「そう声優。高校生がバンドを組んでいく話のアニメなんだ。主人公で受かればボーカル役でCDデビューが出来る。それに、亮の経歴なら演技の方も問題なくいけると思ってる。新人でボーカル役の主人公と、その親友でギター役を選んで、ドラムとベース役はベテランか中堅の声優から選ばれる」  声優としてCDデビューか。うん。悪くない。  俺は初対面の奴や、あって間もない奴には単細胞と言われる。原因は自慢の直感力だ。行動してみたいと思って行動したことこそ、上手くいくように出来ていることが多いからだ。  でも、実際は打算的で計画的。用意周到で、それなりに繊細。というよりも神経質だ。  自分に対して無神経に接してくる奴は嫌いで、一緒にいてメリットのない人間を平気で陥れることもあれば、踏み台にすることもある。芸能界じゃよくあることだ。  俺は、事務長が俺にこの話を持って来てくれたのが、単純に嬉しかった。それに、この声優のオーディションは、俺がこの芸能事務所に入って初めての、大きなチャンスだと確信していた。  俺の声ならきっと主人公に選ばれる。不確かだけど、自分を信じていた。  失敗する奴は大抵、自分のこと信じないから成功しないんだ。でも、自分のこと疑わないと失敗する。納得できないことを妥協して欲しいものが手に入れられるならプライドは捨てればいい。  CDデビューが出来るなら歌手じゃなくて声優ってカテゴリーでも構わない。俺は簡単に歌手という夢を声優ボーカルに軌道変更した。欲しい結果はCDデビュー。歌を唄うこと。そのために捨てられる。  プライドと捨てられないプライドを選別して捨てたり残したりした。    オーディションに何十人いようと関係なかった。俺が主人公になる。不確かな自信はオーディションで他の受験者達をかき分けるように発揮された。    演技は物心着くころからやってきた。  他の受験者が即興のアカペラを短くって台本には書いてあるのに長々とやる姿を見て、俺は一声で審査員を射止めてやろうと、頭の中で準備していた。限りなく落ち着いていたけど、隣の席で俺の前に演技を披露した奴だけは事情が違った。  親友役で役名を言わないといけないシーンで、自分の名前を盛大に言った。初めはわざとか?と思ったけど、相手も役者。ミスしても顔には絶望の表情はなくむしろ凛としているように見えた。もしも、本気で間違えて合格したらイイネタだな。  だけど他の受験者と決定的に違ったのは声じゃなくて顔だった。黒くて太い髪を少し明るい色に変えて軽くしたらたら、まさに顔面黄金比だ。  自分がいわゆるイケメンと理解したうえでミスをしていたとしたら、あざとい最強の敵だ。けど、もし、自分の顔の魅力に気が付かないで自分の名前を本当にミスしていたとしたら、最強に使える。天然キャラを弄り倒すトークをするのが俺は得意だから一緒にラジオだのイベントだの演技が関係ない仕事だったら一緒にやりやすい。 「ダイチ亮くん」  名前を間違えられて「オオチです」と訂正しながら、俺は立ち位置でスタンバイし、全力の演技をした。そしていよいよ即興の歌。 「らあぁ」  他の奴等とは違う。メロディーはないけどこの会場で一番の美声をかました。  審査員もコクコクと頷いている。  受かったな。  そう俺は確信した。  でも、明確な自信も結果を聞いて全部ぶち壊された。 ◆  あのオーディションからおよそ二週間。ボーカルレッスンが終わった後、俺はまた事務長に呼ばれて、事務室に入った。 「結論から言うと、受かったよ」  当然。と思った瞬間、余計な言葉が聞こえた。 「親友役で」 「え?」  なんで。 「演技力が抜群にいいってことで、台詞量の一番多い役だから、やりごたえあると思うよ」  そんなの関係ないだろ。 「主人公でCDデビューはできないんだけど原作が既に人気だから、キャラクターソングのCDも出ることが決定したんだよ」  主人公役が俺じゃないって嘘だろ。 「いや今回は、声優科の子が主人公で受かっちゃったけど、今のところキャラソンCDも出るってことでCDデビューは出来るから、ね?」  何が ね? だ。  辞退するか?でも、そうそうチャンスは巡ってこない。手放すのはもったいない。冷静になれ。    俺は歌手になりたい。その足がかりに声優になればいいと思っていた。でも、俺より凄い奴があの空間にいたか?    いや、凄い奴はいなかったけど、凄いミスをした奴がいた。 「あの、主人公役で受かったのってもしかしてツキノウラとかいう人ですか?」 「よくわかったね、その子だよ主人公役になったの」  アイツ顔で受かりやがった。怒りを通り越して呆れた。そうだ。俺は結局芸能界にいるんだ。カッコイイにこしたことはない。もしくは不細工すぎるくらいが丁度いい。  でも声優界の需要は実力派声優か、アイドル声優。  俺は実力派で、アイツはアイドル声優とハッキリわかるように、選んだ審査員たちのなかでは、俺とアイツの役割が出来ているんだ。  主人公役で受かって劇中歌を歌って、更にキャラソンも歌って、声優から歌手になるつもりだったのに、結局俺は選ばれる側の人間で、選ぶ人間の手の中にいる。 「その子はもう事務室の奥で今頃契約してるはずだから、あと三十分くらい待ってたら会えるんじゃない?早く仲良くなってくれると、事務所側としてもありがたいね」 「わかりました。アリガトウゴザイマス」  悔しくてちゃんとお礼が言えなかった。  事務所を出たところにあるガードレールに寄り掛かってツキノウラを待った。寒くなって来たなぁと思って、喉の乾燥が気になってポケットに常備している飴を口に入れてマスクをつけようとカバンの中を覗こうとした時、逆光でも事務所から出てきたのがツキノウラだとわかった。顔は黄金比、体のシルエットもモデル並みに整っている。  絶対格上だって思わせてやると思った。実際芸歴イコール年齢みたいな俺に、あんな初々しい真っすぐでいかにもレッスンで習いました、以上のことは出来ないタイプに俺が負けるわけない。  声を一方的にかけて、一方的に店を選び、一方的に喋った。  だけど、ツキノウラは俺に警戒心や懸念感よりも、どう俺のテンポに合わせようか考えているみたいな感じだった。  あざといのかと思ったら、気を遣ってくれる。でも根底には天然キャラの影が見える。押せば合わせてくれるし嫌なこと嫌としっかり言えないツキノ宇良に、俺は我儘が止まらなくなった。今言えば何でも願いを受け入れてもらえるような気がした。  強引にしていれば、戸惑いながらも折れてくれる。主人公役をとられたのは気に入らなかったけど、声優って仕事に対して前向きで、頑張るんだって食い下がってくるのも、案外可愛いじゃないかと思った。  居酒屋に入ったけど俺はビール一杯。奴はウーロン茶。ほとんど素面の状態だった。  それでも、俺の興奮は止まらない。もっとコイツを困らせて戸惑わせて滅茶苦茶にしたい。コレは役を取られた恨みとかじゃなくて、単純に一緒にいるとコイツに興味が湧いてくるからだ。どんな生活をして、どんなふうに生きて、なんで声優になりたいのかとか、知りたいことで、俺の頭の中が埋め尽くされる。    もっと近くで月野宇良を知っておきたい。    宇良の家は入った瞬間に物が少ない家だなと思った。いや、少ないんじゃなくてソファーとテーブルとデカいベッドしかないんだとわかった。シンプルといえば聞こえがいいが、ラブホテルみたいだなと思った。  おまけに窓が少し揺れてココが線路沿いにある部屋ってこんな感じなのかと思った。電車に乗っていると、よくこんなうるさい音のするところに住めるな、なんて思っていたけど、そのせいか防音の壁になっていて会話が壁に吸い込まれていくような気がする。  狭いけど都心の割には家賃は安いという。生活に必要なものは全部そろっていて、あと足りないものがあるとすれば練習相手くらいだなと思ってしまった。  俺なら、宇良を上手くコントロールしてやれる。  トップ声優になれる。  歌手になるのが俺の夢だけど、歌を聞いてもらえる声優になればいい。  実家暮らしで何不自由なく生きてきたけど、その生活も手放せる。あの演技指導に五月蠅い毒親から逃げられる。 「家賃光熱費折半で」  そう俺は決定事項のように宇良に言うと、宇良は訳が分からないし少し嫌そうにして、俺のためみたいな言い訳を言ってきたけど、どうでもよかった。  新人声優がオーディション合格をきっかけにルームシェア。コレは話題になる。  遠慮しているのか元々優しいのかわからないし、ただのお人よしか?来てすぐ泊ると告げると、ベッドまで半分貸してくれた。ダブルのベッドだからって残りの半分には宇良が寝た。  夜中にふと目が覚めた時、寝返りを打った宇良が俺の背中にオデコを押し当てて寝ていることに気がつた。男同士の雑魚寝というよりは、親子で仲良く添い寝しているみたいだなって思った。  元カノともこうやって寝ていたんだろうか。  俺にはカノジョはいなかったけど、仲の良い友達だと思っていた女の子が高校生の芸能スクールにいた。  俺と一緒で自分に自信を持っているタイプだった。  モデルの仕事に受かったとか、学園ドラマの学生役で出るとか、メールでいちいち報告してきてくれた。  俺は友達として仲の良かった彼女を、対等だと思うが故に嫉妬した。  合格の連絡が来る度、素直にオメデトウが言えなくなった。  彼女の努力をレッスンで見ているからこそ、俺も頑張れば彼女みたいに波に乗れるんじゃないかと思って、自分なりに一生懸命自分を磨いていたつもりだった。  だけど、ある日突然彼女がアイドルグループのオーディションに受かったという連絡をしてきた。口ではオメデトウと言ったけど、ご愁傷様とも思った。  彼女が所属したアイドルグループ全体が売れることがない限り、彼女個人への仕事は来ないだろう。受けたいと思ったオーディションも事務所の許可がないと、今までみたいに簡単にエントリーすることは出来なくなるだろう。  実際彼女はメールで俺によく助けを求めるように苦しみを吐き出してくることが多くなった。人気ドラマだった学園ドラマ続編では自分だけ生徒役になる許可が事務所から降りず、その代わりに売れないアイドルグループで仲間の誕生日会パーティーライブをやることになってしまったけど、お客は三十人にも満たなかったとか。  そして、思っていたスターへの階段を踏み外した彼女からのメールに、俺はついに返事をしなくなった。  俺は彼女に好かれていたんだろう。恋心を持たれていたんだろう。わかってた。  だけど、あえて、距離を取った。その後の彼女は脆く、いつの間にかアイドルグループからも脱退していた。検索してもネットニュースにもなっていなかった。  お気の毒に。でも、称賛はするよ。  そう思ったことだけは覚えているけど、それ以上の感情が湧くことはなかった。  一度でもスポットライトを浴びた人間に、スポットライトが当たらなくなった時、それが砂漠のような異常な寒暖差が自分の身にふりかかる。どっちも地獄なんだ。  俺は必ず輝き続ける。太陽のように自力で熱を作り出す。  そう決めたんだ。  隣で眠る月野宇良という未知の生物に、俺が日光を浴びせ続けよう。月のように美しく太陽の光で輝かせよう。  俺なら、きっと出来る。  寝返りを打ち、宇良と向き合った。  宇良の手を握ると温かくて、俺はその手の温度を感じ取って確信した。  俺と宇良は声優界の太陽と月のようにお互いの距離を間違えないで、必ず傍にいれば、声優界で生き残れると。

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