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◆  リハーサルの時、宇良が一生懸命バンドの人とコミュニケーションをとりながら、挿入歌を歌う姿が、羨ましいと思ったけど、歌を聞いているうちに羨ましいって感情じゃないことに気が付いた。  今まで宇良の歌について、どこか馬鹿にしてしまっていたんだと、思い知った。俺に気をつかってカラオケと事務所のレッスン場で、こっそり練習しているのを、俺は気が付かないフリをしていた。それが俺に気をつかってくれている宇良への礼儀だと思っていた。  でも、初めて生演奏の宇良の歌う姿を見たら、俺はなんでこのギターボーカル主人公役に受からなかったのかわかった。というよりも、思い知った。  宇良は本気で声優になりたかったんだ。  俺は本気で歌手を目指しているつもりだったけど、声優で妥協した最低な奴だ。  でも、この曲だけは、歌いたかったんだ。  宇良に仮歌状態のデモを聞かせてもらった時から、俺の曲にしたいと思ったけど、宇良の大切な曲だからと、あっさり諦めたつもりだった。けど、土壇場になって諦められなかった。  本番で、たくさんのスタッフを裏切った。  アドリブなんて可愛いサプライズでもない。ただの自分勝手。この勝手を貫いたら、もう声優の仕事も来なくなるかもしれないし、歌手にもなれないかもしれない。  だけど、もし、このイベントが最後なら、一生に一度のステージなら、宇良と一緒に歌いたい。  頑張り屋で、俺のセコイ作戦にもちゃんとついてきてくれて、俺の我儘きいてくれて、ご飯作ってくれて、一緒に演技練習してくれて、俺を褒めてくれて、大切にしてくれた。  宇良にも後で怒られるかもしれない。  でも、俺は歌いたかったんだ。  歌っている間、余計なことを考えるのはもったいないと思って、歌うことに集中したら、宇良の歌声が鼓膜を突き抜けていく感覚が気持ちよくて、この歌が永遠のものであればいいのにと思いながら、歌い切った。無意識に宇良の手を握って力いっぱい振り上げ、歓声の中お辞儀をして、宇良の手が俺の手から離れた。  振りほどかれたわけじゃなく、俺は俺の未来が宇良から手放されたような気分だった。    だったら伝えておきたいことがあった。    観客の歓声できっとマイクなしじゃ届かないけど「好きだよ」と宇良に言った。    この「好き」って言葉にはたくさんの意味が詰まっている。    今度の「好きだよ」は寝言じゃごまかしがきかない。    宇良にこの声は届いただろうか。わからないまま、何度も観客にお辞儀をしていると、後ろではバンドメンバーが楽器を片して行った。    声優四人はステージに並び、一人一言挨拶をして、手を振ってステージからはけた。その時の、観客へのお別れの手の振り方すら『自分』という『キャラ』がでる。    橋田さんは片手をブンブン大きく体ごと振って、最後に投げキッスをして楽屋に向かってステージを後にし、広瀬さんは深々とお辞儀をして首を少し傾け顔の近くで優しそうに手を振って最後まで穏やかな笑顔で橋田さんについて行った。    俺はビシッと、ステージ端で仁王立ちし、片手を腰に当て、片手で手を振って早めに退散した。多分楽屋に帰る前に色んなスタッフに怒られるし、嫌な顔をされる。頭を下げる準備をしないとなと、考えながらも、笑顔でステージを去った。    振り返ると宇良は何度もペコペコお辞儀をしてピョンピョン嬉しそうに跳ねながら手を振って、ステージからはけると、俺を抱きしめてきた。    俺もだけど、宇良も凄い汗だ。 「一緒に怒られよう」  宇良が叫ぶように言った。 「は?」 「僕が一人で歌うの緊張して怖気づいて、亮ちゃんに一緒に歌ってもらったってことにしよう、ね?」  優しい奴。 「駄目だ。俺が勝手にしたことだ。俺だけで謝りに行く」  宇良がそんなの許さないという感じで、強く俺を抱きしめてきた。 「大知亮!」  早速、誰かの罵声が自分の名前を呼んでいる。 「行ってくる」  宇良の前髪をかき分けるように撫でた。それから出来るだけ優しく笑った。少しでもいいから安心してほしかった。だけど、宇良の感受性なら、俺の笑顔が本物じゃないって気が付いているだろう。それでも、宇良を体から引きはがし、俺は一人で、声の方へ向かった。  八割から怒られ、一割には謝ったが無視され、最後の一割は今回は上手くいってよかったじゃんと、他人事だった。  やっと楽屋に帰った時には宇良しかいなかった。 「亮ちゃん大丈夫?」 「今はな。でも、相当怒られた」 「そっか。だけど、僕、一緒に歌えて嬉しかったよ」 「お前は怒ってないのか?」 「なんで?怒ってないよ」  宇良は何故か泣きそうな顔をしていた。 「お前にとっては晴れ舞台だったんだぞ?一人で目立てるチャンスだったのに、俺はそれを奪ったんだぞ」  宇良は俺の両頬を強く押してきた。 「僕さっき言ったでしょ?一緒に歌えて嬉しかった。不安だった僕の為に一緒に歌ってくれたことにしてほしかった」  俺は宇良の頭をポンポンと軽く叩いた。太くて硬い髪。 「宇良、俺声優辞めるよ」 「え?」 「部屋も出ていく」 「なんで?僕のこと好きなのに?」  好きだよって言ったアレ、聞こえていたんだなぁと思った。 「好きだよ。大切にしたい。お前を応援したい。呼んでくれたら演技練習付き合うから」 「出て行かないでよ!勝手に住み着いて勝手に出ていくなんて嫌だ!」  アニメのワンシーン見たいだなぁと思いながら、宇良をそっと抱きしめた。同じ力で宇良が抱きしめ返してくれた。 「宇良、お前と声優の仕事が出来てよかった。満員御礼のステージで一緒に歌えてよかった。参謀は俺だって言ったけど、もう、宇良は一人で声優として生き残っていけるよ。お前の声優人生を邪魔してたのは本当は俺だった。思い知ったよ」 「そんなことない!邪魔だなって思った事、一度もない!……嘘。亮ちゃん、洋服脱ぎ散らかすから邪魔って思ったことある」 「あはは」  俺はあんまり自然に笑ったことないけど、嬉しくて声を出して笑ってしまった。  これ以上のルームシェアは宇良の足を引っ張ることしか出来なくなる。  とりあえず荷物をまとめ次第、実家に帰るしかない。 「俺、このオーディション受かってよかった」 「僕も」  橋田さんも広瀬さんも打ち上げ会場に行ったというけど、俺はスタッフにも、合わせる顔がなくて参加をやめようと思った。  だけど、宇良に俺が行かないことを言ったら多分行かなくなってしまう気がする。 「宇良、悪い。まだ謝ってないスタッフさんがたくさんいるんだ。だから、先に打ち上げ会場行っててくれるか?」 「絶対来る?」 「二次会には間に合うようにしたいな」 「わかった」  強く、宇良と抱き合った。宇良の匂いが心地よい。ベッドと同じ匂い。今日も隣で一緒に寝れるだろうか。宇良は酒強くないっていうし、やっぱり二次会前くらいには俺も打ち上げに顔を出して謝ろう。  でもその前に、本来真っ先に謝りにいかないといけないこのイベントの総監督に謝りにいかないと。  俺の声優生命をその人が握っていると言っても過言じゃない。  総監督のいるスタッフルームの前まで行った。  胃が痛い。なんだか口が臭くなったような気がして、カバンからミントガムを取り出し、急いで咀嚼し飲み込んだ。  ノックを二回すると「はい」と返事が返ってきたので、ドアを押して総監督の姿を探したけど、先に目に入ったのはアフレコにいつもいる音響監督だった。 「やってくれたな」  音響監督に先に頭を下げた。 「申し訳ありませんでした!」  総監督も椅子から立ち上がり、音響監督の隣に並んだ。 「確かにアレは褒められたことじゃない。だけどお前!」  この業界にはもういられない。覚悟を決めなくちゃいけないのに、頭の中が宇良の笑顔でいっぱいだ。宇良って初めて会ったときは『新人ヘタレキャラ』と思っていたけど、アイツは間違いなく、今は『愛されキャラだ』俺は宇良のことそう思っていたんだ。わかっていたら、満喫したルームシェアも、もっと真剣に楽しめばよかった。 「挿入歌!歌えたなら初めから言えよ!そうしたらサプライズとして最初から台本に組み込んでこんな風に土壇場で迷惑かけなくて済んだだろう!」 「え?」 「今日のイベントDVDは売れるぞ。お宝映像だからな。主人公役と親友役の今年一番売れた新人がデュエットだもんな。今SNS見てたけど反響凄いぞ」  俺、今怒られてるのか?褒められてるのか? 「今回のお前の行動はスタッフに対しては褒められたものじゃない。だが、よく練習してたな。宇良とのデュエットはファンにとっては最高のサプライズだった。客を楽しませるのが当然だけど、これ以上のサプライズは、こちらとしても考えていなかった」 「えっと、俺、勝手なことしてすみませんでした。いや、申し訳ございませんでした」  今まで子役の時からお辞儀の練習をいっぱいしてきたけど、今この瞬間のお辞儀が一番の謝罪の角度で腰を折っていた。  そんな完璧なお辞儀を見て、音響監督も総監督も鼻で溜息をつき、総監督はまた椅子に座った。  総監督は腕を組み、俺をジッと見て言った。 「賛否は分かれているけれど、君と月野宇良くんが一緒に住んでいることを、僕は面白い関係だと思っていた。台本にももっと君たちの私生活をトーク時間にたくさん食い込ませるか考えた。だけど、君と月野くんのこの先の未来を僕は考えた」  俺たちの未来? 「一緒に住んでいることが面白いということよりも、君みたいな俺が俺がって芸歴の積み重ねで自分の為に前に出るタイプと、僕もっと頑張ります、って一生懸命さが目に見える月野くんという存在を上手く君がリードして、それに上手に乗っかっている月野君を見ていて微笑ましく思っている。僕もその一人だ。そろそろ誰かに言われただろう?ルームシェアをやめろって。だけど僕はね、君たちは一緒に住んでいても住んでいなくても、一人立ち出来る力をもう持っている。自信をもって、これからも二人でこの仕事を続けてほしい」  風が吹いた気がした。  心についていた小さなホコリやゴミが飛ばされるほどの強風が吹き荒れて、初心を取り戻すってこんな感覚なのかもしれないと思った。  胸が熱い。  宇良に会いたい。 「ありがとうございます!打ち上げには参加なさいますか?」 「ああ。参加させてもらうよ。その時またゆっくり話そう」 「はい!お待ちしてます!」  宇良みたいな喋り方になった。宇良はいつもこんな真っすぐで綺麗な気持ちを相手に伝えていたんだ。さすが『愛されキャラ』だ。  俺も愛しちまってるな。  楽屋を後にし、俺は走って打ち上げの会場に行った。俺が勝手に歌って迷惑をかけたスタッフの人たちも、もう、俺の身勝手な行いなんて今は忘れて、お酒を飲みまくっていた。  宇良。どこだ?居酒屋を貸し切って五十人以上も人がいる中、必死で宇良を探した。  でも、先に日本酒を奥のソファー席で煽っている橋田さんを見つけた。一日海にいて日焼けしたみたいな赤色に肌が染まっていて、随分出来上がっていた。 「来た来たアクシデント声優!亮、隣座れよ!飲もうぜ?」  橋田さんらしい飲みっぷり。酒豪声優で有名だけど、今日もハイペースだ。 「あの、宇良は?」 「あぁん?宇良くん、宇良くん……いないね」  そんな適当な探し方があるか!と思ったけど、酔っ払いのいうことはきいていても仕方がない。せめて広瀬さんが見つかったら、宇良の居場所を知っていそうなのに。  しばらく探していると、スタッフの人にビールのジョッキを渡された。苛立ちで一気飲みして、空になったジョッキをあまり人気のない返却口に持っていくと、背中から誰かに抱きしめられた。  この、すがってくるような抱きしめ方。  振り向くと満面の笑みの宇良がいてエへエへと笑っている。 「亮ちゃん。やったね!スタッフに怒られたかもしれないし、嫌われたかもしれないけど、サブ監督の人が言ってた。亮ちゃんがと僕が初デュエットサプライズだからDVDの売り上げきっと跳ね上がるって。それに、見て!」  スマホ画面を見せてきた。ネットニュースに『人気新人声優亮宇良コンビがイベントでファンにサプライズ!挿入歌をデュエット!ファン熱狂で会場が燃え上がる!』と書いてあった。  宇良はヨロヨロ立っているのがやっとで、近くの空いている椅子に座らせ、俺も隣に座った。 「僕たち人気新人声優コンビだって」 「そうだな」  宇良とコンビとひとくくりにされたのが俺も素直に嬉しかった。 「僕等はぁ、まだ一緒に暮らせるよぉー!」  酔った宇良が俺の肩に頭を預けてきた。電車で知らない人にやられると嫌悪感しかわかないのに、俺の肩を頼りにしてきた宇良が可愛い。 「そうだな」  宇良が俺の手を握りしめてきた。こんなにたくさん人が周りにいるのに、誰も俺達を冷やかす人も、偏見の目で見てくる人もいなかった。それどころか、俺達二人だけが、誰にも見えていないような感じだった。  それだけ多くの人が酒に酔い、イベントの成功を祝い、自分たちが業界偉人であることを再認識しているみたいだった。  宇良はこれからも一緒に暮らしていけると思っているみたいだけど、俺は心の中では宇良の家を出ていくビジョンを膨らませていた。  きっと声優を続けていく限り、どこかの現場で宇良に再会するだろう。その時、今みたいにどこに行くのでも一緒、カラオケとか事務所の稽古場で一緒に練習することはあるかもしれないけど、その時宇良と俺は今以下の関係になるのだろうか。  距離が出来れば必ず溝も生まれる。それを宇良は耐えられるだろうか。俺だって相当の覚悟を決めないと、離れ離れになるのは怖い。当たり前だけど、毎回同じアニメに出られるわけじゃない。  俺達は、もうこんな風に手を繋ぐことはないだろう。  温かいこの手を離した時、一体俺達はどうなるんだろう。

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