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久々に入ったレインズの私室は、前に見た時と変わらない様子だった。 部屋の隅には相変わらず、プレゼントらしき綺麗に包まれた未開封の小箱がいくつも積まれたままだ。 「お前はまだモテてるんだな」 もう四十歳にもなろうかというのに、この色男はまだまだご婦人方にモテているらしい。 俺に出会わなければ、騎士団に入らなければ、もしかしたらこの金髪碧眼の美形は今頃どこかの姫と一緒になって、今とは全然違う人生が歩めていたのかも知れないな。と、ルストックはどこか申し訳なく思いつつ、親友を振り返る。 「んー……。まあ、ご婦人方にとっちゃ、もう挨拶みたいなもんなんだろ……」 ふらふらとした足取りで、レインズは部屋のソファに身を投げた。 「そんなもの……なのか……?」 ルストックはどこか納得のいかない顔で、小箱の山から視線を外すと親友を見下ろす。 親友は既に目を閉じていた。 「おい、ソファで寝るな。もうちょっとだろう。ベッドまで行け」 「無理……もう眠い……」 「こら、レイ、しっかりしろっ」 ルストックは親友の腕をぐいと引っ張り上げる。 レインズは久々に呼ばれた愛称に、じわりと口元を緩めて呟いた。 「……お前が一緒に寝てくれるなら、ベッドに行く……」 「はあ? 何を言ってるんだ。ほら、行くぞ。立て!」 ルストックは器用に片足と杖でバランスを取って、レインズを強引に立ち上がらせた。 レインズは、カケラも脈のない男の反応に、渋々隣の部屋まで移動して、ベッドに突っ伏した。 すると、レインズの体重を受けて弾んだベッドが戻る感覚の直後に、ベッドがもう一度沈んだ。 「!? そちらを見れば、そこにはルストックがベッドに腰掛けていた。 「帰ってほしくないなら、お前が寝るまでは居てやるから」 真面目な顔をして、黒髪の男はそう言った。 「……は? な、なんだ……それ……」 レインズは、ドキドキと早鐘を打つ心臓を押さえながら、なんとかそれだけを口にする。 頭の中は、自分の寝室の、自分のベッドに、この男が座っているという事実だけでもう破裂しそうだった。 「ん? 帰っていいならもう帰るぞ」 ルストックが、これまた真面目にそう返すので、レインズは慌てて手も首も振りまくる。 「ま、待て待て待て!」 何だこれ何だこれ何だこれ!!! ル……ルストックが、俺の、ベッドに座っ……!?!? 酔いも眠気も一瞬で覚めた。 金髪碧眼の優男は、混乱する頭を抱えながらも、その青い瞳で黒髪の男を見つめた。 きりりとした実直そうな眉は、今じわりと寄せられて、黒い瞳はどこか心配そうにレインズを見つめ返す。 「……大丈夫か? 水でも飲むか?」 「あ……ああ。……じゃあ、向こうの水差しから……」 言いかけて、気付く。 これではルストックがベッドから去ってしまうと。 「分かった」 しかしルストックは最後まで聞かずとも、理解して立ち上がってしまう。 「待っ……ルス……っ!」 思わず縋った声に、ルストックは振り返る。 「ん?」 「い、いや、何でもな、い……」 レインズは、伸ばしてしまった腕をそろりと引っ込めながら、首を振った。 引き止めてどうしようと言うのか。 ルストックは俺のことなんて、何とも思っていないのに。 いや、友達として、同じ中隊長として、俺を大切に思ってくれている。 それはよく分かっている。 それが分かっているからこそ、この関係を壊したくなかった。 俺は、ルストックの一番近くにいる事を許されている。 それで十分だと、自分にずっと言い聞かせて。 頭の中に団長に言われた言葉が浮かぶ。 「くそっ……」 期待するな。これ以上を求めるな。 俺は、ルストックの、親友なんだから。 「お前は……まだ気にしてるのか?」 不意にかけられた言葉に顔をあげると、ルストックがコップに水を汲んで戻っていた。 片腕で杖を付いて、もう片方の手にコップを持って。 「ほら」と差し出された水を、礼とともに受けとる。 そうか。もうこいつは移動する時、片手にひとつしか物も持てないのか……。 そう気付いた途端、胸に怒りが蘇る。 俺が騎士団に入ったのは何のためだ。 俺が騎士になったのは、こいつにこんな風に、一人で無茶をさせないためだったはずなのに……! 「……っ、どうして……」 「ん?」 思わず零した言葉に、ルストックが首を傾げる。 「どうしてお前は……、俺の手の届かないとこで、怪我すんだよ……」 「……そう言われてもな……」 ルストックは、真面目に答えて、苦笑を浮かべてみせた。 分かっている。 俺が今更憤ったって、何にもならないことくらい。 ルストックを困らせたって、仕方がない事くらい……。 けど、どうしても、許せないんだ。 ルストックを守れなかった、自分が……。 「……っっ、お前を……守れなくて……。…………ごめんな……」 懺悔の言葉は、涙と共に落ちた。 ギシ、とベッドが小さく軋んだ音を立てて、ルストックが同じベッドに腰掛けたのが分かった。 手を伸ばせば届きそうなほど、近くにいるのに。 「お前が俺を守らなきゃならない理由なんか、これっぽっちも無いだろう」 優しい声で励ますルストックの言葉は、レインズには拒絶の声に聞こえた。 「っ、それでも!!!!」 レインズの叫びに、ルストックはキョトンと小さな瞳を返す。 「…………それでも、俺は……。お前を、守りたかったんだ……」 俯いてしまったレインズの頭へ、ルストックが手を伸ばす。 大きな温かい手は、金色の頭をポンポンと慰めるようにゆっくり二度撫でた。 レインズの息が詰まる。 嬉しくて、なのに、悲しくて仕方がない。 もっと触れて欲しい。 もっと触れたいと。 ……伝えれば、俺はそれを許されるのだろうか。

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