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「よく分かった……。話してくれてありがとう。辛い思いをさせてしまったな」 ルスは俺を労るように抱きしめて、その手で優しく背を撫でる。 「そうだ。ちょっと待っていろ」 そう言って、ルスは不意に立ち上がった。 そのままコツコツと杖を付いて玄関へと向かう。 え? 何だ? 俺はその行動の意味が分からず焦る。 ミートパイの話はしたが、それを買うにしても、もう店はとっくに閉まっている。 「すぐ戻るからな」 と言い残されて、俺は慌ててその後を追った。 「え、や……。やだよ……。置いてくなよ……」 俺の不安を隠しきれない声に、ルスが小さくふき出す。 「そうか。すまん。それなら一緒に行こう」 いや、紳士的に言うけどさ、今お前、俺のこと笑ったろ。 ムッとしつつルスの後をついて行けば、家を出て少しのところでルスは足を止めた。 「ああ。あった。これだな」 片足で器用にしゃがみ込み、ルスは足元の小さな花を摘んだ。 立ち上がり、俺を振り返るルス。 その手には、紫色の可憐な花が握られていた。 俺は、その花の花言葉を知っていた。 けど、ルスがそんな事知ってるとも思えねぇし……。 俺が戸惑う間に、ルスはたった一輪のその花を、俺に差し出す。 恥ずかしげに小さく俯いたその花と同じように、ルスもほんの少し照れ臭そうに目を伏せた。 「ルス……?」 これ、俺がもらっていいんだよな……? 俺がおずおずと手を伸ばせば、ルスは小さな黒い瞳で俺を見つめる。 天高く上った月が、俺たちの肩に静かに光をそそいでいる。 いつもの見慣れた街並みが、しんと静まり返っていて、何だかいつもと違って見えた。 まるで、世界に俺とルスしかいないみたいだ。 ルスは俺をじっと見つめたまま、ゆっくり口を開いた。 「レインズ、俺はお前が好きだ。  もういい歳した男が、呆れるくらいに、お前の事で頭がいっぱいなんだ」 言葉とともに、紫の花は俺の手の中におさまった。 ルスの体温が残った小さな花。 花言葉は、今ルスが言った通りの内容だ。 慎ましやかなシルエットと、小さいながらに品のある佇まい。 紫色は、夜の空気によく映えた。 「な……。なん……っっ」 情けないけれど、俺は言葉が選べなかった。 俺が……。俺だけがずっと、お前のことを思っていた。 その、はずだったのに……。 いつの間に、そんな……。 「まだ前の俺はお前に愛を告げてなかったんだろ?  これで、俺が一歩リードだな」 ルスはニッと笑って言う。 笑顔の人懐こさは学生の頃のままに。 皺の深さには、ここまでの彼の生き様が刻まれていた。 「おいおい、誰と競ってんだよ……」 俺がようやく軽口を叩くと、ルスは口元の笑みを残したままに、一瞬悲しげに眉を寄せる。 「俺を同一視してないのはお前だろ?  それとも、お前の中で、二人になってた俺は、ちゃんと一人に戻れたのか?」 言われて、どうだろうか、と胸に問う。 ……答えはすぐには出そうにない。 躊躇う俺に、ルスは『仕方ないな』とでも言うように、温かく微笑んだ。 実直そうな太い眉が優しく下がり、黒い小さな瞳が俺をそっと見つめている。 俺が気付かなかったうちに、ルスはこうやって、俺の事を、愛のこもった眼差しで見ていてくれたんだ。 ああ、本当だ……。ルスは、ここにいる。 俺のそばで、俺を見て、俺と言葉を交わしてる。 ここにいるのが、この世に一人だけの、俺の大事な、ルストックだ。 今までのルスと、同じじゃなくてもいい。 これからのルスを、これからも俺は、きっと毎日、好きになるんだ……。 「なんだ、俺に見惚れてるのか? 久々に見たな、お前のそんな顔……」 言うルスが、ほんの少しホッと肩を下ろした事に気付いてしまう。 ……ルスも、不安だったんだ。 気付いた途端、どうしようもなく愛しさが溢れてきた。 俺は、手の中の花を潰さないようにそっと包んで、答える。 「お……、俺も、ルスの事……」 パッと目の前に出された制止の手で、俺の言葉は途切れた。 「知ってる」 「し、知ってたって、言わせろよっ!」 ルスは、言い返す俺から目を逸らして、小さく呟いた。 「まだ外だからな……。こんな所で、そんな事を言われたら、押し倒してしまうだろう?」 もう押し倒してくれよ!!!! 俺は心で強く叫ぶ。 ルスが、真っ赤になって震える俺の肩を撫でて「帰ろう」と言う。 ルスに触れられた肩が、なんだかすごく熱い。 見れば、ルスは黒い瞳にじわりと熱を宿していた。 「共にな」 言い添えられて、俺は「お、おう」と答えて歩き出す。 え、えと……、この、俺の肩、掴んだままなんだ? 俺に熱く注がれたままの視線が、なんだか受け止めきれなくて、俺は何か話題を探す。 「そういや、何で……ルスが花言葉とか、知ってんだ……?」 「今日叔母さんに教えてもらった」 ああ、なるほど、そう言う事か。 え、いや、って事は? ルスは何……? どこまで、叔母さんに話したんだ……?? ぐるぐると考える俺のすぐ隣で、ルスが笑った気配がした。 「驚いただろう?」 ふ。と口端だけを上げて、自慢げに俺を見ているルス。 自信を取り戻したルスのニヒルな笑顔は、より一層、男らしい。 月光の元でキラキラ輝くその笑顔を、俺は眩しく見つめる。 「…………驚いた」 俺の口から、素直な言葉がポロリと零れる。 ルスは、満足そうに目を細めて言った。 「もう、俺から目を離すなよ」 言われなくても、俺の瞳はもう二度と、ルスから逸らせそうになかった。

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