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「ルス!」 俺の声に、ルスが振り返る。 路地裏の奥は、どこかの店の裏口なのか、袋小路になっていた。 そこでルスは、俺の知らない男達に囲まれていた。 一、二、三……って八人もいんのかよ。 「レイ……」 ルスは目を丸くして俺を見る。 いや、驚いてんのは俺の方だよ。何なんだよこの状況。 「何だぁ、お前ぇ」 男達はいかにもガラの悪そうな態度で、俺に食ってかかる。 「お前らこそ何なんだよ。そいつに何の用だ」 「ぁあ? こいつから誘ってきたんだぜぇ?」 一体、何の話だ。 「いや、この人が教えてくれるというのでな」 ルスの言葉に俺は訝しがる。 「……何を?」 ルスはバツの悪そうな顔で、それでも正直に答えた。 「男同士でするには、どうしたらいいのか。を」 「ば……。馬っっっ鹿か、お前ぇぇぇっっ!!」 俺から目を逸らすルスに、俺は思い切り叫んだ。 男達が、じわりと俺達ににじり寄る。 「騒ぐなよぉ? 俺たちゃ別にぃ、お友達も一緒でいいんだぜぇ?」 「よく見りゃお前、綺麗な顔してんじゃねぇか……」 下卑た笑いを浮かべる男達を前に、ルスはコツコツと杖を付いて俺の前まで来ると、俺の顔に手を伸ばそうとした男の手を払う。 そのまま俺を背に庇い、至って真面目に答えた。 「こいつは俺のだ。お前達が触れることは許さん」 「ちょ、待て待て待て待て、違うだろ!? 逆だろ!? 俺が!! お前を!! 助けに来たんだろっ!?」 俺の叫びに、ルスは不思議そうに尋ねた。 「……そうなのか?」 「どー見たって、そうだろ!!」 叫びながらも、俺はルスの言葉に顔が赤くなるのを止められない。 『俺の』って!! 「大人しくしてりゃ、痛い目に遭わずに済んだのになぁ?」 とリーダー格の男が言うと、男達は揃って臨戦体勢を取る。 え、何、俺達と戦ろうっての? 俺達もそこそこ顔が知られてると思ってたんだけどな……。 まあ、こんな奴らは騎士様の顔なんか興味ねぇか。 俺は苦笑を浮かべると、足元に散らばる木箱の残骸から、マシそうな木片を拾い上げる。 二本選んだうちの一本を、杖を構えようとしているルスに手渡す。 「杖が壊れたら困んだろ?」 「確かに、そうだな」 「けど、それは護身用な。この場は俺に任せてくれ」 そう言って俺が前に出ると、ルスは大人しく下がってくれた。 「やっちまえ!」との号令に、男達が動いた。 俺は姿勢を低くして、右からの男の足を払い、そのまま左側の男の脛を強か打ち付ける。 木材じゃ握りも悪いし切れもしないが、まあこの程度の相手なら何とかなるだろ。 と、思ったら、向こうが剣を構えた。 ……おいおい、流血沙汰はごめんだぜ?  冷たい刃物の煌めきに、ルスの言葉に舞い上がっていた俺の、頭の芯が冷える。 剣を大きく振りかぶる男の顎に、木材を下から叩き付け、横から凪いできた男の腕を叩き落とすと、ガシャンと派手な音を立てて、剣が足元に転がった。 咄嗟にそれを拾おうと手を伸ばした時、ルスの声が鋭く告げる。 「左!」 言われるままに、左へ振り上げた切先が、五人目の男の頬を掠めた。 男がたたらを踏んで、後退る。 俺は、この場を見渡しながら、手に入った剣を何度か振ってみた。 うん。まあ重心はズレてるし、ちょっと柄もグラついてっけど、木材よりゃマシだな。 俺は剣を構えると、言った。 「今ならまだ、このまま見逃してやれるぜ? どうしたい?」 俺の言葉に、素手だった二人が走り去る。 うんまあ、素手じゃちょっと辛いよな。 残るは、そこそこ立派な長剣を構えた男と、手ぶらのリーダー格の男。 いや、その見慣れた構えは……、お前もしかして騎士崩れってやつか? 年齢的に俺らよりちょっと上だし、俺らの顔は知らねぇんだろうな。 リーダー格の男が、背に回した手を出せば、そこには鞭が握られていた。 戦意を失わない二人を前に、俺は大きく踏み込んだ。 鞭は剣よりずっとリーチがある。 下手に向こうから手を出される前に、こっちから距離を詰めた方がいい。 長剣の男が「はぁっ!」と裂帛の気合を放ち、俺を狙う。 大振りだな。 難なく避けて、俺は男の腕と足を浅く撫で切る。 木剣なら思い切り叩いてもいいが、これでそれをやれば殺してしまうだろう。 思えば、俺たちは、殺すための剣ばかり磨いていたんだな……。 しかし、長剣の男が倒れた時、その後ろにいたはずの男はいなかった。 バシッと何かの爆ぜるような音がして、俺は、後ろでルスが打たれた事を知った。 振り返った俺の目に、ルスの瞼を濡らし、頬を伝う赤色が映る。 次の瞬間、俺は男へ斬りかかっていた。 「レイ! 待て!!」 ルスが腕を伸ばして、俺と男の間に割り込む。 止め切れない刃が、食い込んだそれを切り落とす。 ごとんと重い音を立てて、それは地面に転がった。 ……ルスの腕を、俺が……、落としてしまったかと……、思った。 俺が息もできずに固まっていると、ルスは真っ二つになった木材を男に見せて告げる。 「こうなりたくなければ、すぐに去れ。今回は俺の短慮で迷惑をかけたな」 ひっ……と小さく声をあげて、男はバタバタと走り去った。 「ルス……、怪我はそれだけか?」 何とかこれだけは尋ねると、ルスは赤い筋の走る額を撫で「ああ、掠っただけだ」と答えてから、寂しげに呟いた。 「そうか……、もう、俺は、俺が思っているより、動けないんだな……」 どうやら、ルスはあの鞭を防ぎ切れるつもりだったようだ。 それが、足を踏ん張り切れず、掠ってしまったのだろう。 俺はハッとする。 このルスは、まだ自分が動けるつもりでいたんだ、と。 東の森での戦闘で、ルスは既に、それを分かっていたはずなのに。 俺が……それを言わなかったから……。 俺達は、まだ男達の呻きが残る路地裏を出て、今日散歩した川辺を歩いていた。 「……ルス、お前……、どういうつもりだったんだよ」 俺の拗ねるような声に、ルスはバツの悪そうな顔で答えた。 「いや、こういう事になるようなら、殴って帰ってくるつもりだったんだが……」 ルスはそう言いながら、足元を見る。 杖を付く自分の、足元を。 「……思ったより数も居たな、お前が来てくれなければ、危ないところだった」 言われて、ゾッとする。 もしあの時、俺がルスに気が付かなかったら、今頃ルスは、あの連中に……? 「っ、どうして、俺じゃなくて、あんな……」 俺の切羽詰まった声に、ルスは冷たく答えた。 「……お前は、知らないままの俺は、嫌なんだろう……?」 俺は息を呑んだ。 こんな……。 こんな冷たい声のルスは、知らなかった。 思わず足を止めた俺に、ルスは振り返らずに告げた。 「……すまない。大人げなかったな。……忘れてくれ」 その背中は、今までで一番、小さく見えた。 「……っ」 そうだ。俺は、ルスに謝ろうと思って……。

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