作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

その日、レインズは彼らしくないほどに飲んでいた。 彼のお酒は楽しむもので、溺れるものではなかったはずなのに。 「おい、もうそのくらいでやめておけ」 茶色がかった黒髪を後ろに撫で付けた男は、精悍な顔立ちのくっきりした眉を心配そうに寄せて言う。 レインズは、親友の黒い瞳をチラと見ると、手元のグラスへと視線を戻した。 「……っ、これが飲まずにいられるかよ……」 普段は花でも背負いそうなほどに整った顔立ちの、いかにも爽やかな金髪碧眼が、今はすっかり荒んだ様子で酔い潰れている姿に、ルストックは困惑していた。 「何でお前がそんなに荒れるんだ。怪我をしたのは俺だろう?」 男の言葉に、鋭く碧眼が向けられる。 「お前が!! 取り返しのつかない怪我をしたから!!! 俺が荒れてるんだよ!!!」 あまりの剣幕に、黒髪の男が一瞬気圧される。 戦場以外でこいつが声を荒げる事なんて、そうそうない。 むしろ、戦場でだって余裕の笑みを浮かべているような、いつだって飄々としている、この男が……。 「だから、どうしてお前が荒れるんだ……」 ルストックはため息と共に同じ問いを口にするが、答えはなかった。 金髪の親友は、その碧眼を後悔の色に染め切って、唇を噛み締めている。 そうさせているのが自分だと言うことが、ルストックには心苦しかった。 けれど、城下町の酒場で、騎士団の隊長格である男が、あまり無様な姿を晒すわけにはいかないだろう。 じっくり話を聞いてやるためには、場所を移すしかないようだ。 「ほら、もう帰るぞ、俺の肩に――……」 そこまでで、男は気付く。自分がもう、今まで通りの体ではない事に。 ルストックは現在、動かない片足のかわりに、両腕で松葉杖を付いて生活していた。 「……いや、すまん。うっかりだ」 茶色がかった黒髪を揺らして、ルストックが苦笑する。 「もう俺では、お前を支えてやれないんだな……」 このあまり酒に強くない、飲むとすぐ酔う親友の肩を、支えて家まで送ってやるのはいつもルストックの役目だった。 もう二十年ほどもそうしてきたせいか、そうするのが当たり前過ぎて、そう出来なくなる日が来るなんて、思ってもいなかった。 自嘲気味のルストックの言葉に、涙を零したのはレインズの方だった。 目の前でぼろぼろと大粒の涙を零されて、ルストックは慌てて席を立った。 腕でマントを広げて、レインズの顔を誰にも見られないように隠す。 「っ、俺が…………」 ギリっと音立てたのは、レインズの奥歯だった。 「俺が……そばに居たら……っ!!」 予想外の言葉に、ルストックが目を丸くする。 「お……お前……。まさかそんなこと悔やんでたのか……!? 驚きを通り越して、呆れてしまいそうだ。 俺達は、全然別の場所に派遣されていたのに。 駆け付けられるような場所では無かったし、実際、今日レインズが王都に戻ってくるまで、レインズはルストックが怪我をしたことすら知らなかったのに。 「……お前が、俺の怪我に責任を感じる必要なんて、何ひとつ無いだろうが」 苦笑と共に告げた言葉は、男が自分で思うよりもずっと優しい声だった。 「俺は……、俺が……許せないんだよっ!」 苦しげに吐き捨てる金髪の男に、ルストックは大きくため息をついた。 とにかく鳥車でも頼んで、ここから移動した方がいいな……。と、顔を上げて店内を見回すと、店の隅で見慣れた小柄な男がペコリと頭を下げた。 下げた小さな頭の後ろで、大きな赤いリボンが揺れている。 「ロッソ……?」 「店の東に鳥車を待たせています。よろしければ、お使い下さい」 「どうしてお前がここに……?」 「団長よりお言葉を預かっております。お二方とも、明日の会議は来なくて良いとの事でした」 「団長が……」 ルストックは、あの淡い金髪の団長を思い浮かべると、苦笑いを浮かべた。 「すまんがロッソ、手伝ってくれるか」 「はい」 「……俺は、一人で歩ける……」 マントの向こうで、レインズの不服そうな声がした。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません