「成長期だからな」 それは昨日の夕食時のこと。 「身体がでかくなるにつれ、送り出す血液も増えて、心臓に負担がかかるらしいんだ」 引っ越してきてからずっと、家族ぐるみの付き合いがある篠原家の話題は、裕也の家で当たり前にされる。 「それ、薫のこと?」 箸を止めて問いかける裕也に、父がちょっと難しい顔をする。 「うん。今日、前回の検査結果が出たらしくってな、一年くらい休学して、養生したらどうかって担当医に言われたらしいんだ。京子さん、肩落としてたよ」 薫の母の名前が、出される。 最近の薫の顔色を見ていると、確かに裕也にも思い当たる節はあった。高校に入ってからずっと、まわりの男友達はどんどん男くさくなってくるのに、薫は透明感だけが増していったような気がする。傍若無人に振舞いながら、その実、決して無理をすることがない、薫の用心深さを思い返す。 「薫、……休学すんの?」 「いや、今回は見送ることに決めたらしい」 箸が止まったままの裕也を見て、父が続ける。 「薫君は、おまえ達と一緒に卒業したいって、そう言ってたらしいぞ」 「薫が?」 「ああ。だからな、おまえ達も気をつけてやってくれ」 父の言葉に、薫の意地っ張りに隠された、人恋しそうな瞳が思い出されて、裕也は結局そのまま、箸をおいてしまった。 薫が、裕也の住む小さな町に引っ越してきたのは、薫の身体のためだと聞いていた。 生まれたときから心臓が弱かった薫は、小学校にあがってすぐ、長い入院生活を余儀なくされた。多少でも持ち直すと学校に通いたがる薫はけれど、小学校に行く毎に体調を悪化させて、その結果、入学式を二回経験し、二年生も留年になってしまった。落ち込む薫に当時の主治医が、もっと静かでのんびりとした場所で暮らすことを勧めてくれたらしい。 けれど、田舎なら何処でも良いというわけにはいかなかった。薫には「救急救命センター」が、それも「小児外科の専門医」がいる「救命センター」が必要だった。そうして転勤族の薫の父が吟味して選んだ場所が、裕也が生まれ育った町だった。 今も同じ職場で働き続けている薫の父は単身赴任が多く、裕也の父が当たり前のように篠原家の男手を買って出ていた。裕也の母も、薫のお母さんが寂しくないようにと、色んな町の集まりに連れ出していた。そのかいあってか、篠原家は見る見るうちに町に馴染んでいった。
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